産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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改正・リスクアセスメント指針-13

2016年11月


これまでに、化学物質のリスクの見積り方法(ツール)をいろいろと説明してきましたが、どのような方法がよいのでしょうか。
これについては、厚労省の指針では、「指針の9(1) ア、イ、ウ に掲げる方法は、代表的な手法の例であり、それぞれの柱書きに定める事項を満たしている限り、他の手法によっても差し支えない」となっています。

因みに…
アの柱書は、健康障害を生ずるおそれの程度(発生可能性)及び当該危険
又は健康障害の程度(重篤度)を考慮する方法。
イの柱書は、化学物質等にさらされる程度(ばく露の程度)及び当該化学物
質等の有害性の程度を考慮する方法。
ウの柱書は、ア又はイに掲げる方法に準ずる方法(法令に規定されている場
合に、各条項の履行状況を確認する等)

つまり、これらの事項を満たした見積り方法であれば、どのような方法でもよいことになりますが、ツールによって「結果の確実性」(精度)は異なります。
従って、それぞれの見積り方法の特性(特徴やメリット、デメリット等)をよく理解した上で、現場実態に応じて、どの方法を用いるかを選択することが必要です。

例えば、コントロールバンディングは、簡易なリスクの見積り方法ですが、厚労省の化学物質対策に関するQ&A(リスクアセスメント関係)には、次のように記載されています。

Q2.リスクアセスメントとしてコントロールバンディングを使ったが、リスクレベルが高く出てしまい、代替物質への変更等が提示され、現実的ではない。ほかにどのような方法があるか。

A2.コントロールバンディングは化学物質に関する知識が少ない場合でもリスクアセスメントが出来るようにという目的で国際労働機関(ILO)において開発された手法です。
知識や経験がなくてもできる簡便さが特徴ですが、出力される情報が安全側になっており、対策シートが画一的という指摘もあります。
コントロールバンディングは、リスクレベルを認知し、可能なリスク低減対策を検討する足掛かりとして使うのに適しています。
その他のリスクの見積もり方法として、傷病の発生可能性と重篤度を考慮する方法に、マトリックス法、数値化法、枝分かれ図法、災害シナリオによる方法等があり、ばく露の程度と有害性の程度を考慮する方法に、実測値による方法、使用量等から推定する方法、予め尺度化した表を使用する方法などがあります。

つまり、コントロールバンディングは、リスクレベルを認知し、可能なリスク低減対策を検討する「足掛かり」として使うのに適しているということです。
コントロールバンディングで、大きなリスクとなった場合、いきなり多額の資金を投入して設備改善するのではなく、もっと確実性(精度)の高いツール(例えば実測法)で、再度リスクアセスメントを行い、事後措置を判断するのが良いでしょう。

コントロールバンディング(厚労省)では、ばく露量は「揮発性・飛散性」と「使用量」の2つの要素のみで推定しています。
従って、不確実性が大きくなり、安全サイド(リスクが大きい側)で評価されます。
また、リスク低減措置として、「揮発性・飛散性」と「使用量」以外の要素を改善しても、リスクは低減しません。

例えば、作業時間を半分にしてばく露時間を少なくする、局所排気装置を設置して作業環境を改善し、ばく露量を少なくする等を行うと、「実際のリスクは低減します」が、「揮発性・飛散性」と「使用量」の2つの要素のみで、ばく露量を推定している「コントロールバンディングでのリスクは低減しません」。

化学物質のリスク見積り方法としては、指針の9(1) イ、化学物質等にさらされる程度(ばく露の程度)及び当該化学物質等の有害性の程度を考慮する方法が使用されますが、この方法の中でも、「結果の確実性」(精度)は異なります。

指針には、次のように記載されています。

化学物質等の「気中濃度等を実際に測定」し、ばく露限界と比較する手法を採ることが望ましい。
この方法は、ばく露の程度を把握するに当たって、「数理モデル」を用いる方法やばく露の程度と有害性を「相対的に尺度化」する方法 (定性的リスク評価)よりも確実性が高い。

このことから、一般的に確実性の高い順は、次のようになります。
【 実測法→ 数理モデル、尺度化(マトリックス法等)→ コントロ-ルバンディング 】

また、それぞれの方法の中でも違いがあります。
例えば、実測法の中でも、一般的には、
個人ばく露量測定→作業環境測定→検知管による簡易測定の順になります。

どの方法をとるかは、確実性だけではなく、簡便性、経費等、諸々のことを考慮します。従って、先に述べたように、それぞれの方法の特性・特徴等を理解した上で、現場実態に応じて、どの方法を用いるかを選択することが必要です。

リスク見積り方法の全般的な留意点としては、化学物質の侵入経路があります。
一般には、実測値を用いる方法であっても、経気道(呼吸を通しての)ばく露を測定しています。(個人ばく露量測定、作業環境測定等は、空気中の有害物濃度測定)従って、経皮ばく露、経口ばく露が考えられる場合は、結果の確実性(精度)が落ちます。
生物学的ばく露量測定(バイオロジカルモリタリング)ができれば、全ての経路のばく露量が把握できますが、これが使える化学物質は限られます。

また、リスクアセスメントの実施は、簡易な方法であればネット上に公開されているツールを使えば、特別な知識がなくても実施することが可能です。
しかし、実施結果の評価等については、それぞれの見積り方法の特性・特徴を十分に理解した上で行うことが必要です。
各ツールの特性を理解しないまま、結果を鵜呑みにすることはリスクがあります。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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