産業保健コラム

廣瀬 一郎 相談員

    • カウンセリング
    • カウンセリングルームこころの栞 主宰カウンセラー
      ■専門内容:カウンセリング全般
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Stimulus Hanger 刺激は人を成長させる?

2017年04月

水分や栄養の飢餓が体におこるように心も飢餓状態になる。私たちは刺激=stimulusがないと生きていけないので、その刺激の飢えに鋭く反応する。
では刺激とは何か、刺激がないと人はどうなるのか、その飢えに対する反応にはどのようなものがあるのか考えてみたい。

刺激をストロークという言葉に置き換えてみよう。ストロークには、打つ、撫でる、擦る、という意味がある。いずれも「手」へんがつき、手が関係した接触という意味合いを持つ。

私たちの接触の原点は、赤ちゃんの時母親あるいは親的存在の人に抱いてもらい、お乳を与えてもらい、優しく撫でてもらうことだ。赤ちゃんは最初から人の顔の判別ができる訳ではないので、母親から見てもらう前に、触ってもらうことで自分に対する認知具合を確実にしていく。

この皮膚接触というストロークが不足していたり、枯渇してしまったりすると、赤ちゃんは自分という存在を覚知することや愛情を獲得することができず、他者不信や愛情不信に陥る。人生早期に心地よい接触体験があるか否かで、人は「私は生きていっていいんだ」と思うか「私は生きていくに値しない」と思うか大きく分かれ、自信のなさや他者不信につながる。それが生きていくことへのモチベーション(動議づけ)の根源になるといえる。

また赤ちゃんは母親にかまってもらいたいと思ったら、どれぐらい、どのように泣けばいいか考え、賢く見極める。しかしそれは欲求を制限することにもなり、これ以上泣いては嫌われると思うと、欲求の発散を中止して全部を出しきらない。それが欲求の50%だとすると半分の欲求不満が残る。この表現する50%の欲求も、大人になると社会の中で親以外の他者から得られる刺激承認は当然のごとく減少していき、40、30、20、10、ついには1%ということにもなりかねない。

99%満たされない1%人生ということになると、私という存在はどこにいってしまったのだろうという気持ちとなり、飢餓状態に陥ってしまう。そうなると刺激と承認が欲しい私たちは、何かで埋めてせめて51%ぐらいにはしたいと必死になる。それはディズニーランドに遊びに行くことかもしれないし、アルコールを飲む、ゲームやギャンブルに浸る、子育てや仕事に没頭することになりかねない。

善悪の判断もなく必死で欲求を満たそうとする。様々な依存はストロークへの飢えが要因となりどうにも止まらない。心の栄養になろうが害になろうがとにかく刺激を欲するのだ。
刺激の反対は無視である。無視されると人は苦痛で耐え難く、叱られる方がまだ刺激を貰えるだけ快と感じる。

一つの例として過剰労働ということを挙げてみると、上司の部下に仕事で成果を上げてほしいという気持ちと、部下の、仕事を通して上司(会社)の承認を得、感情に付加価値を見出したいという気持ち、この双方の思惑が合致して、いつの間にか過剰労働が正当化されエスカレートするという構図が完成する。

人は皆異なる人生へのモチベーションを持ち他者と交流するため、そこには荒波が立ったり摩擦が生じたりもするだろう。もし今、刺激の飢餓を埋めることに膨大な時間を費やしたり、躍起になったりしているのであれば、刺激の受けとり方を検証してみてほしい。お互いに程良い刺激を与え、受けることができる健全な交流を行い、自己の成長へとつなげたいものである。

産業保健相談員 廣瀬 一郎(カウンセリング)

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