産業保健コラム

森 秀人 相談員

    • メンタルヘルス
    • 精神科医
      ■専門内容:精神科・神経科・心療内科・精神保健
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老年期の成熟と英知

2018年03月


 昨年八月、このコラムで、好奇心や真理への探求心など、意欲を持ち続けることが若さを保つ力であるという趣旨の「青春」という名の詩を紹介しました。

 しかし、生あるものはみな老いと死を避けることはできません。フロイドは「無意識は死を認めない」と言いましたが、若い時は現在の状態が無限に続くかのごとく錯覚して生きています。しかし、年を経て老年期を迎えると次々と喪失体験に直面しなければなりません。喪失は抑うつ感情と無力感を伴います。人生最大の喪失は自らの死です。これを克服するには、真摯に積み重ねてきた人生の英知が必要ではないでしょうか。

 

最上のわざ

            ヘルマン・ホイヴェルス著「人生の秋に」より

この世の最上のわざは何?

楽しい心で年をとり、

働きたいけれども休み、

しゃべりたいけれども黙り、

失望しそうなときに希望し

従順に、平静に、己の十字架を担う……。

若者が元気一杯で神の道を歩むのを見ても、妬まず、

人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、

弱って、もはや人のために役立たずとも、

親切で柔和であること……。

老いの重荷は神の賜物。

古びた心に、これで最後のみがきをかける。

まことのふるさとへゆくために……。

おのれをこの世につなぐ鎖をすこしずつはずしていくのは、

まことにえらい仕事……。

こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾するのだ。

神は最後に一番よい仕事を残して下さる。

それは祈りだ……。

手は何にもできない。

けれども最後まで合掌できる。

愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために……。

すべてをなしおえたら、

臨終の床に神の声を聞くだろう。

「来たれ、わが友よ,我 汝を見捨てじ」と……。

 この詩は一見諦めの心境のように見えるが、向上心と意思、正確な自己認識、それを受け入れるゆとりのある心、その上、他者にたいする愛に満ちている。この詩人は誠実に自分の天職を果たし、人のために多くの良き働きをなしてきたに違いない。しかし、年をとり、若者に道を譲らねばならなくなった時、失望せず、妬まず、謙虚に人の世話になり、そのような状態にあっでも希望を失わず、親切で柔和であること、それがこの世の最上のわざであるという。

 死は最後にして最大の難関であるが、死をすべての終わりであると考えず、それを通して最後の人格的成長と人生の完成を祈り求めているのである。

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