2014年07月
最近、「ハラール」という言葉を良く聞く。イスラム法で許された食べ物という意味だそうだ。
イスラム圏の話題を聞く度にどうしても思い出される患者さんがいる。
それは、ある日、○○大の某教授からの突然の電話から始まった。
「エジプトから留学している学生(おじさんです)の妻を診て欲しい。赤ちゃんがいて、手洗いが止まらないそうです。」
これは、自信がないなぁと断りモードだったが、どうしてもと言われるので引き受けた。
当日は、スタッフ全員、アッサラームアレイコム(こんにちは)でにこやかにお出迎えし、お祈りが出来る部屋を用意した。
赤ちゃんを抱いてやって来た彼女はとても若く、かわいい感じであったが、イスラム圏の女性らしく、他者には無口であった。手を洗いすぎて、両手はすでに真っ赤になっていた。水道水で3時間以上も手を洗う為であるが、水道代も家計を圧迫するぐらいになっており、夫は困り果てていた。
ソファーにぐるりと患者さん、夫、私、教授の順に座って診察が始まった。
彼女はアラビア語しか話せないので、夫が通訳し英語で私に伝える。私は英語に自信がなかったので、細かいニュアンスなど教授が通訳してくれた。
私が、質問すると教授→夫→患者さんの順に話が伝わって、答えがまた、逆の順で戻って来る。「なんて、時間が掛かるんだ!」と思いながらも話を進めて行くとある事に気が付いた。夫の所から先に進まず、夫が全部答えるようになっていた。その点を指摘すると、「おれは、夫だから妻の事は全部解かる。何も問題ない。」と自信満々で答える。
明らかにエジプトから来て、コミュニティーもなく、孤独の不安から強迫症状が生じていると思われ、彼女にどうしてもらいたいのかを聞きたいのに
「no problem 」
と夫に返され話が先に進まない。彼女も夫の言葉に小さくうなずくのみで真意はわからない。
松山では知り合いも少ないので、エジプトに一時帰国の提案も夫の反対でダメ。薬も授乳中なのでダメ。認知行動療法の導入など出来るはずもなく、彼女の気持ちも聞けず、一日目が終了した。
2回目は、私と夫、患者さんの三人で面接。
「ドクター!妻の手を診てくれ。ますます悪化している。原因はなんだ?」
ダメもとで出した漢方薬も全く効果がなかった。
「一人で寂しいから不安になっているからだと思います。」
「私がいるのにそんな事はない。」
「奥さんはどのように?」
「妻は、寂しくないと言っている。」
結局、話がかみ合わず、先に進まないのだが、全部自分でしょいこむイスラム圏の夫は、ある意味すごいなぁと関心してしまった。
どうしたら良いか?彼女も夫もとても困っている。カウンセリングも薬もむり。どうしたら、、、、。と考えていたら夫から
「ドクター。水道の元栓も止めたらどうか?時間は自分が大学から行き来して調整出来ます」
(そんな事で、治るわけが、、いや、これしかないかも)と思い、
「good idea やってみましょう!」
それから数日後に通勤途中に後ろから声がした。
「ドクター!治りましたよ!完全に!」
「ええ。治ったの!」
「そうです。もう、元栓も閉めていません。」
「おめでとう!あなたの功績です」
その後、色々と検証してみた。
本当の理由は、元栓を止めたからだけではない。元栓の閉開の為に何度も夫が家に帰った事で、一人で(厳密には赤ちゃんと二人)留守番をしていた妻の孤独が減った事が考えられる。
大学で論文に難渋して自信を失いかけていた夫は、これをきっかけに自信を取り戻し、妻に余裕をもって接するようになったとの事。
お幸せに。インシャアラー(神のご加護を)
女性の強迫性障害は、結婚、出産、転勤などライフイベントで発症する事が少なくない。
治すには、「愛情」も処方になると実感させられた患者さんでした。
産業保健相談員 武田 良平(メンタルヘルス)
メンタルヘルスに関する様々なサポートについてのサイトです