産業保健コラム

昇 淳一郎 相談員

    • 産業医学
    • 松山記念病院 医師
      ■専門内容:産業医学・精神保健
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健康リスクアセスメントによる健康管理情報の見える化

2010年03月


見える化とは、製造現場やソフトウェア開発現場等で多用されている業務管理手法で、狭義には問題点を関係者の目に飛び込ませること、広義には業績や進捗を数値化することを指します。経験則や職人技などの暗黙知に頼った組織運営ではなく、関係者の誰もが共通して理解可能な形式知を用いて進捗あるいは異常情報を共有化することによって、迅速かつ的確な対応が可能となります。業務上の災害や疾病を防止するための取り組みにおいてもこの手法は多くの事業場で適用されており、労働環境に潜む各種のリスクについて、労働安全衛生マネジメントシステムの中で、リスクアセスメントによる見える化が行われています。

そもそもリスクアセスメントとは新規化学物質や新規設備等の新たに発生した危険源の評価といった危険性・有害性の調査等を指しており、平成18年4月の改正労働安全衛生法においてその実施が努力義務化されました。改正安衛法では健康管理分野に対するリスクアセスメントの適用は求められていないため、あくまでも自主的な応用レベルではありますが、適用は十分に可能です。事業場においては健康管理情報の取り扱いが産業保健スタッフの専権事項となっていることもあって、健康管理関連の各種指標の改善活動については関係者間の共通理解を背景とした目標を設定しにくい側面があり、見える化を図る意義は大きいと言えます。

リスクアセスメントの具体的なプロセスは、(1)危険源の特定、(2)リスクの見積り、(3)リスク許容可否の判定、の三段階に分けられ、(2)のプロセスにおいて「危害の重大性」、「発生の可能性」、「対応策その他」の積を計算し、健康リスクアセスメントとして労働者個人ごとに、数値化による見える化を行います。

[例]50代男性、心筋梗塞の既往,喫煙者,動脈硬化危険因子多数,月60時間残業。
危害の重大性…虚血性心疾患再発     :100点
発生の可能性…複数の動脈硬化危険因子保有:係数0.9
対応策その他…過重な勤務への未対応   :係数0.8
(リスクの見積り)100×0.9×0.8=72点

この見積り数値自体の学術的な意味合いは薄く、重大性・可能性・対応策等に割り付けられる各数値は任意のもので十分です。しかし、見積り結果の相対的な順位はリスクの大小との間に一定の相関関係があるとされることから、見積り結果数値の削減過程には重要な意義があります。上記の例では、リスクの見積り数値を低下させるために、労働者個人に対しては「どの健診結果指標の改善に取り組むべきか」、また、当該労働者の上司に対しては「どの労務管理項目を改善すべきか」について、各々明快に指導および説明が可能です。このような手法を取ることによって、産業保健スタッフによる通常の保健指導業務を事業場内の担当者間のシンプルな連絡調整といった次元にまで変質させるとともに、個人情報保護に留意した上で安全衛生委員会関係者等へ事業場内の共通語を用いる形でリスク削減プロセスを開示することが可能となります。将来的には健康リスクアセスメントが更に体系化され、業務上の災害および疾病の防止に向けた見える化ツールとして定着することが期待されるところです。

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