産業保健コラム

昇 淳一郎 相談員

    • 産業医学
    • 松山記念病院 医師
      ■専門内容:産業医学・精神保健
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従業員の健康と合理的な商品価格との関連性

2009年05月


私たちは社会の中で、間接的に医療費を相互に負担しあっています。即ち、私たちが日常生活の中で拠出する商品やサービス等に対する金銭の一部には、拠出先の組織および労働者が支払う健康保険料やその他の医療費等が含まれています。私たちは、様々な商品やサービスの購入等を通じて相手先の医療費を間接的に負担しているとともに、自身も同様に負担してもらっている状況にあります。

それでは、どれぐらいの金額を相互に負担し合っているのでしょうか。各組織によって実態は異なりますが、政府管掌健康保険では保険料率が8.2%であることを基本に考えると、医療費コストは人件費の数%を占めることになり、これがそのまま当該組織が提供する商品やサービス群の価格の一部に組み込まれます。利回りや利益率が総じて低い水準で組織を運営している状況下で、その割合は決して見過ごせるものではありません。様々な支払い行為等を通じて医療費を相互に負担し合っているという私たちが置かれているこのような構図の中にこそ、産業保健従事者が目指すべき方向性の一端が見えてくるものと考えられます。

石原謙愛媛大学教授の試算によると、米国自動車メーカーの自動車1台当たりの製造原価に占める医療費コストは15万円程度であるのに対して、本邦自動車メーカーの場合は8千円程度であり、定価ベースでは約50万円の価格差につながるとされています。果たしてこのような価格差は許容され得るものでしょうか。今般の世界同時不況下で米国の自動車メーカーは著しい業績不振に陥り、その一因として、このような高コスト体質も指摘されています。顧客が米国車を1台購入すると、相当な負担割合で当該メーカー労働者の医療費を顧客が肩代わりすることにつながっています。

日本国内で同様の自体が生じている状況にはありませんが、産業保健従事者が各職域で積極的な健康管理活動を推進することで限られた医療費を有効に活用することに資すれば、当該組織従業員の幸福な社会生活を実現させるとともに、当該組織が提供する商品やサービス群の合理的な価格形成にも一部寄与することができます。トリプル・ボトムライン(財務・環境・社会の3つの観点からみた企業活動のパフォーマンス評価)の機運が芽生えつつある中、組織の健全度を量る指標のひとつに「従業員の健康」が含まれる時代が近い将来に訪れるかもしれません。厳しい社会経済情勢にはありますが、積極的な産業保健活動の展開により従業員の健康度を高めることで、合理的な商品価格形成への寄与といった形の社会貢献も模索可能であろうかと思います。

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