産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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化学物質の法規制-2 3本の毒矢

2013年08月


アベノミクスは、3本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起)を放って、長期デフレを打開し、日本経済の建て直しを図ろうとしています。 化学物質も、3本の毒矢を使って、私達の体内に攻め込もうとします。この毒矢が、どのような経路で体内に侵入してくるのかを知って、その防止対策をとることが必要です。

1本目は、呼吸器(肺)から入る「吸入吸収」 2本目は、皮膚から入る「経皮吸収」 これには口腔内や肛門等の粘膜から入る「粘膜吸収」も含みます 3本目は、口から入る「経口吸収」です。

これらの3本の毒矢を、もう少し詳しく見てみますと、

1、呼吸器(肺)から入る「吸入吸収」

人は、普通4~7リットル/分(激しい労働の場合は50リットル/分)の空気を呼吸し、肺で酸素を取り入れています。吸い込んだ空気は気管→気管支→細気管支→肺胞(肺の一番奥にある袋状のもの)に入って行きます。 肺胞では、毛細血管が肺胞を包むように(毛細血管がマスクメロン状に)走っており、薄い膜を通して毛細血管の血液へ、空気中の酸素を供給しています。

肺胞の大きさは、0.1~0.3mmで、両肺を合わせると70平方メートルもの表面積があり、この広い面積で吸い込んだ空気と血液とが接触し酸素を供給しています。したがって、吸入した空気中に含まれる化学物質も、肺胞の広い面積を通して血液と接触し、血液中に取り込まれ、健康影響を与えます。

つまり、多くの化学物質が、ガス、蒸気、粉じん、ヒユーム,ミストとなって、空気中に存在し、この空気を呼吸で吸入することで、肺胞を介して血液中に取り込まれ、人体に影響を及ぼします。

肺胞は面積が非常に大きく、したがってそこから取り込まれる量も多いので、吸入による化学物質の影響は、非常に大きいものとなります。対策としては、作業環境改善で作業場の化学物質濃度を低くしておくことが基本です。必要に応じて防じんマスクや防毒マスクなどの呼吸保護具を着用して、呼吸器からの侵入を防ぎます。

2、皮膚から入る「経皮吸収」

腰痛や肩こりで湿布薬を貼ったり、薬を塗ったりしますが、これは薬効成分を皮膚から吸収させているのです。薬効成分も化学物質ですので、薬剤と同じように皮膚から体内へ吸収される(経皮吸収)ということです。

体の表面を覆っている皮膚は、約1.6平方メートルの広さです。一番外側を表皮といい、厚さが0.1~0.3mmで表面は角質層で覆われていますが、毛のう、汗腺、皮脂腺が開口しています。

表皮の下には、厚さが0.3~2.4mmの真皮があり、毛細血管が網状に走っています。化学物質は表皮を通り抜け、体内に侵入し、リンパ管や毛細血管に流れ込み体循環し、多くは、酵素の解毒作用を受けることなく、毒性の高い状態でそのまま、骨組織、脂肪組織、各臓器へ蓄積され影響を与えます。

化学物質に対しては、皮膚表面の皮脂膜と角質層が保護膜(バリア)となりますが、脂溶性の化学物質に対しては効果が弱くなります。一般に、水や油に溶解しやすい化学物質ほど、皮膚吸収されやすくなります。また、皮膚からの吸収は、角質層での浸透性が大きく影響しますが、毛のう、皮脂腺からの吸収もあります。夏季は、毛のうの開口部が開き、侵入が容易になりますし、皮膚に傷などがあると吸収が多くなります。また、口の中や肛門など、粘膜で覆われた部位における吸収を「粘膜吸収」といいますが、この部位には角質層がないので、皮膚バリアが全く効かず、化学物質は簡単に吸収されてしまいます。

座薬に即効性があることからわかるように、粘膜吸収による吸収率は角質を通過する経皮吸収の13倍近くに及ぶともいわれています。

対策としては、 ・化学物質を取り扱う場合は必ず保護手袋を着用する。 ・長袖の作業服を着用して、皮膚を露出しないようにする。 ・有害性の強い化学物質を取り扱う場合は化学防護服を着用する。 などで、皮膚からの侵入を防ぎます。

3、口から入る「経口吸収」

飲み込まれた化学物質(異物が口から入ってきた場合)には、人体の防御反応として、嘔吐したり下痢をしたりして毒素を体外に排出しようとする反応が起こります。排出しきれなかった毒素は消化器官で吸収されて肝臓に送られ、そこで代謝酵素によってある程度は分解されて、尿などとして体外へ排出されますが、残りは血液循環によって全身に回り、他の臓器や各器官に蓄積されて影響を与えます。

肝臓での解毒作用で、毒性が弱められるのが、経口吸収の特徴です。飲食に伴う化学物質の摂取は、手指等を介して化学物質が飲食物を汚染することで起こりますが、まれには、飲食の空容器に移し替えた化学物質を飲料水として誤飲し急性中毒を起こした事例があります。

対策としては、 ・化学物質を取り扱う作業場内で、飲食や喫煙を禁止し、作業場から飲食場所を分離すること。 ・飲食の前には、手洗い、うがいを励行すること。 ・飲食物と化学物質の保管場所を分離すること。 などです。

これらの対策は、安衛法の中で規定されていますので、追って説明します。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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