産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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化学物質の法規制-3 作業環境中の濃度を表す3つの用語

2013年09月


化学物質は、作業に伴って、ガス、蒸気、ミスト、ヒューム、粉じんとなって職場の空気中に拡散し、これらに接触した作業者の体内に侵入します。 先月は、化学物質が、3つの経路(1.呼吸で肺から入る吸入吸収、2.皮膚から入る経皮吸収、3.口から入る経口吸収)で体内に侵入してくることをお話しましたが、このうち最も多いのが呼吸による吸収です。

作業者の体内に吸収される量を「ばく露量」といいます。 ばく露量は、化学物質の発散する環境下での労働時間が長いほど、また化学物質の濃度が高いほど、大きくなります。

体内に侵入(吸収)された化学物質は、体内で化学変化を受けて、体外に呼気、汗、尿、糞便等として排出されますが、ばく露量が多くて、排泄量を上回った場合は、排泄しきれずに体内に蓄積します。 この体内蓄積量が許容限度(生物学的限界値)を超えると健康障害が出てきます。 この指標として、ほとんど全ての労働者が、通常の勤務状態(1日8時間、1週40時間)で、働き続けても(ばく露されても)、それが原因で、著しい健康障害を起こさないと考えられる「ばく露量」を「ばく露限界」としています。

ばく露限界を示したものとして、日本産業衛生学会の「許容濃度」、ACGIH  (※1)のTLV (Threshold Limit Values)があります。   ※1 American Conference of Governmental Industrial Hygienists    (米国産業衛生専門家会議)

TLV -TWAは、作業環境中の化学物質濃度の時間加重平均値(※2)で、通常、労働時間が8時間/日及び40時間/週での値です。 ※2 濃度とその持続時間の積の総和を総時間数で割ったもの。

これらは、工学的対策(例えば密閉、局所排気装置等)によって、作業環境を管理する目安とされるものです。 したがって、人に対して、安全な濃度と危険な濃度の境界線とか、ここまでは許される濃度と誤解してはいけません。

つまり、管理対象が人ではなく、作業環境なのです。 ばく露限界の定義にもありますように「ほとんど全ての人」であり、ほとんど全ての人に該当しない一部の人にとっては、この値以下でも健康障害を起こすことがあります。 また、「著しい健康障害を起こさない」ものであり、著しくない健康障害であれば誰もが起こす可能性があるということになりますので、人に対して、安全とか危険とか言うものではないのです。

日本産業衛生学会「許容濃度等の勧告」においても、許容濃度等の性格および利用上の注意として、

(1)人の有害物質等への感受性は個人毎に異なるので、許容濃度等以下のばく露であっても、不快、既存の健康異常の悪化、あるいは職業病の発生を防止できない場合がありうること。 (2)許容濃度等は、安全と危険の明らかな境界を示したものと考えてはならない。従って、労働者に何らかの健康異常がみられた場合に、許容濃度等を越えたことのみを理由として、その物質等による健康障害と判断してはならない。また逆に、許容濃度等を越えていないことのみを理由として、その物質等による健康障害ではないと判断してはならないとしています。

【トピックス】 日本産業衛生学会は、胆管がんの原因化学物質の可能性が高いとされる「1、2ジクロロプロパン」について、国内の専門家による動物実験等の研究結果を参考に、許容濃度を暫定的に、1ppmと決定しました。 これは、5月14日、松山市で開催の総会で報告されましたが、今後1年間の一般からの意見募集を経て正式決定されることになっています。   許容濃度に似たものに「管理濃度」があります。 管理濃度は、作業場所の環境状態の良否を判定する基準として設けられたものです。 作業環境測定結果と管理濃度とを比較して、作業環境状態の良否を判断(管理区分を決定)するための指標です。 この値は、日本産業衛生学会が示すばく露限界及び各国のばく露規制のための基準等の動向を参考とし、作業環境管理技術の実用可能性をも考慮して、行政的な見地から設定されたものです。管理濃度が定められているのは、有機溶剤、特定化学物質、鉛及びその化合物、土石・岩石・鉱物・金属又は炭素の粉じん、石綿です。

そのほか、職場の作業環境中の化学物質濃度を表す用語として「抑制濃度」があります。 抑制濃度は、局所排気装置の性能を表す値として、発散源の周囲の化学物質の濃度をその値以下に抑えることによって、作業者の呼吸域濃度を安全な範囲に保つように定めた濃度です。

つまり、作業者→発散源→局所排気装置(フード)と吸い込まれている空気の流れの中で、発散源周囲の化学物質濃度が、抑制濃度以下なら、作業者位置での濃度は、もっと低くなり、健康障害を起こす濃度にはならないという考え方に基づいています。 抑制濃度が定められているのは、特定化学物質の一部と石綿、鉛です。

法令的には、許容濃度は日本産業衛生学会等の勧告値であり、法的なものではありませんが、管理濃度と抑制濃度は、厚生労働大臣の告示として示されたものです。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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