産業保健コラム

武田 良平 相談員

    • メンタルヘルス
    • しののめクリニック 院長
      ■専門内容:心療内科・精神保健
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不条理の中で生きる私たち

2020年08月


相次ぐ感染拡大で厳しい状況になっています。
コロナの拡大は人間社会を脅かしており影響を受けていない方は皆無だと思います。

このような不条理の状態におかれた時、詳細に語っているのはカミユの「ペスト」です。
ご存じの方もおられると思いますが、これはカミユが第二次世界大戦の悲惨な体験をした事から不条理の中で精一杯生きた人達(仲間達)の記憶を残したい思いで疫病(ペスト)の比喩で表現した人間の記憶です。
不条理な環境におかれた人間は、どのように行動するのか、どの行動が正しいとは述べずカミユは色々なタイプの人物を登場させ鋭い観察眼で語っています。

ペストに立ち向かう主人公の「リウー医師」。
どんな時も冷静で、できる限りの医療技術で患者を治そうとします。
そして友人に「こんな考えは笑われるかもしれませんがペストと戦う唯一の方法は誠実さです」と語る所が私は好きです。

リウー医師の親友で、どんな理由があるにしても、それが正義であっても殺人(戦争による)を肯定しない信念を貫く「タルー」。
奮闘しますが、最後は亡くなります。
このような人物は、大衆の考えに敗北してしまうと物語は語っています。
殺人までいかなくてもネット上で正義を盾に人を追い込んでいく風潮など今の状況に似ています。不条理の中では、それが疑問もなく行なわれてしまうと語っています。これに違和感を感じたいです。

ペストが蔓延する事で元気を取り戻す悪商人の「コタール」。
ペストを味方につけた人物です。しかし、このような状況では「悪人」という定義さえ曖昧になり、こうゆう人物が躍動するのは複雑な心境です。
「この人はコタール的だな」と密かに思ったりしています。

普段は地味で全く目立たない「グラン」。
しかし、この人が何も欲する事もなく自分の出来る仕事を淡々とする事が、とても皆の貢献になる事実を述べています。
まるで今のエッセンシャルワーカー(スーパーの店員さんや運送・宅配に関わる人など)に当てはまりますね。

現実と信仰の狭間で苦悩する「パヌルー神父」。
神の意思を確かめるべく治療を拒みます。
ペストが蔓延している状況に人は慣れてしまい夜の酒場の繁盛やオペラを鑑賞する人々など危険に鈍感になってしまう様も示唆しています。

この物語の最後にはペストは、いなくなり閉鎖された街は歓喜とともに開放されるのですが登場人物の多くは亡くなりました。
勝利というより敗北したのかもしれません。

物語を通じ感染の恐怖の中で人間性を失わない行動を取る事の大切さや、その難しさ、しかし連帯を意識して繋がる事が、それを可能にすると語っているように思いました。

(参考資料)
①カミュ「ペスト」宮崎嶺雄訳、新潮社
②NHK 100分de名著 カミュ「ペスト」

武田 良平 産業保健相談員(メンタルヘルス)

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