産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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スパコン「富岳」が教えてくれる新型コロナ対策

2021年03月


スーパーコンピューター「京」の後継機として、理化学研究所と富士通とが共同で開発を進めてきたスーパーコンピューター「富岳」の運用が3月9日から本格的に始まりました。
「京」の100倍の性能を持ち、スーパーコンピュータの性能ランキングの4部門において、2期連続1位を達成しています。
本格運用を前に、一部の機能を使い、試行的に「新型コロナウイルス対策」に関する研究に活用されてきましたが、9日から本格運用が開始されました。
身近な活用例としては、防災や薬の開発等(高速・高精度な創薬シミュレーション、病気の早期発見と予防医療の支援、竜巻や豪雨を的確に予測、地震の揺れ・津波の進入・市民の避難経路のシミュレーション等)、更には、次世代産業を支える新デバイスや材料の創成、果ては宇宙科学の根源的な問いへの挑戦等まで期待されています。

「富岳」による新型コロナ対策では、次のような成果が期待されています。
治療薬候補同定、ウイルスの性質を明らかにする、重症化に関連するヒト遺伝子変異を明らかにする。
感染拡大及びその社会経済的影響を明らかにする、室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(感染拡大の様子を明らかにする)

既に「新型コロナウイルス対策」では、昨年4月からの試行的運用で、ウイルス飛沫拡散のシミュレーション等で成果を上げてきています。
シミュレーション結果を「画像」として見える形(可視化した動画)で発表しており、非常にわかりやすいものとなっています。

今迄に発表された新型コロナ研究成果の一部を紹介しますと、

昨年6月 →咳は2m以上飛びます
飲食店で、マスクをせず続けて2回咳をした場合を想定すると、約2mの間隔があっても、計5万個の飛沫の内、5ミクロン以下のものは、十分相手に届きます。
→ 間仕切りの活用が推奨され、間仕切りの効果等を可視化した動画が発表されています。

マスクは、顔との隙間から飛沫があふれるものの、遠くまでウイルスを拡散させない効果は大きいことがわかりました。
会話の場合、マスクなしでも2mの距離があれば、ほぼ飛沫が届かないことも明らかになりました。
ただ、大半の飛沫は机に落ちるため、消毒や拭き取りが重要となります。

電車で、窓を開けて換気した場合、空気がどう入れ替わるかを予測したシミュレーション動画を発表しました。
→ 窓を開けるとオフィス内とほぼ同じ程度まで換気できるが、場所によってはムラができます。

昨年8月 →マスクの種類と効果
不織布、ポリエステル、綿のマスクを着用した感染者が、咳をした際を想定したシミュレーションの結果では、「通気性」は、綿、ポリエステル、不織布の順で、マスクの「防止効果」は、不織布が最も高くなりました。
(不織布は50ミクロン以上の大きな飛沫は完ぺきに抑えており、ポリエステルで9割以上、綿では8割程度を抑制)
しかし、不織布でも直径20ミクロン以下の小さな飛沫は、マスクと顔のすき間から1割以上漏れ出ていました。
ポリエステルや綿の場合、繊維のすき間が比較的大きいため、小さな飛沫が最大4割も透過する場合がありました。
マスクには限界があり、感染防止のためには、換気の徹底が必要だと「富岳」が教えてくれました。

「換気」は、学校の教室をシミュレーションした動画を公開し、窓側にあるエアコンを利用した場合、教室の前方にある廊下側の扉と後ろ側にある窓を対角線上に開けると、効率的に換気ができることが分かりました。

マスク着用で自らを守る「被感染防御効果」については、鼻と口で同時呼吸を想定したシミュレーション結果を発表しました。
医療用マスク等により、顔に隙間なく着用した場合には、吸引する飛沫、エアロゾルはほぼブロックすることができることがわかりました。
また、マスクと顔に隙間がある場合でも、特に大きな飛沫についてはマスクを着用することで、上気道に入る飛沫数をブロックする効果が高いが、20ミクロン以下の小さな飛沫に対する効果は限定的で、隙間からの侵入を阻止することはできませんでした。

フェイスシールドの飛沫飛散防止効果については、50ミクロン以上の大きな飛沫についての捕集効果は見込めるが、それ以下の小さなサイズの飛沫については、シールドには付かずに、全て横から漏れていってしまうので、効果は限定的でした。
フェイスシールドで飛沫飛散を守ろうとする場合には、小さな飛沫に対して、エアコンによる換気を併用する必要があることを教えてくれました。

昨年10月 →対面での会話は斜め向かいがリスクが小さい
飲食店での会話や、合唱で飛沫がどのように飛散するかのシミュレーション結果を発表しました。
飲食店の場合、感染者が正面の人に話した場合に相手に届く飛沫数が5%程度だったのに比べ、隣の人と話すと5倍の25%超となりました。
斜め向かいの人は1%台にとどまりました。

オフィスで4人が机を囲んでいる場合は、湿度90%では、咳をしても飛沫が机に落ちやすかった一方、前方の人に届く飛沫量は湿度が低いほど多くなりました。

20分の会話や1曲5分の歌で、咳1回分と同等の飛沫汚染。
場面別の飛沫数は、咳を強く2度したときは3万個程度、会話は1分約900個、大声の歌は同約2500個でした。

昨年11月 →マウスガード、カラオケボックス
飲食店で縦横0.6mの机を2つ並べて4人が座って会話したと想定し、様々なマウスガードの「形」による飛沫防止の効果をシミュレーションしました。
最も性能が良かったのは顎から鼻を覆うおわん型のマウスガードでしたが、それでも34%の飛沫が飛散しました。
同じ範囲を覆う通常の形では50%、口元のみを覆うタイプでは65%の飛沫がそれぞれ出ました。

カラオケボックスは通常のオフィスの倍程度の換気能力を備えているが、歌うと会話に比べて数倍の飛沫が出ます。
21立方メートル程度の部屋に9人が入室し、マスクをせず1人が歌った場合、歌う人から出た飛沫は30秒程度で室内全体に拡散しました。

本年3月 →二重マスクの効果は限定的
二重マスクの予防効果についてシミュレーションしました。
不織布1枚を正しく装着(鼻に当たる部分にある金具を曲げて密着)させた場合は、飛沫の85%がマスクで抑えられました。
金具を曲げずにそのまま付けた場合は、69%しか抑えられませんでした。
不織布マスクの上にウレタンマスクを重ねると、抑制率が89%に上昇しましたが、不織布マスク1枚をきちんと密着させた場合との差は僅か4%でした。
マスクはフィルター素材の性能のみではなく、飛沫捕集効果と、息苦しさとのバランスで考えるべきことを示唆しています。
二重マスクは一定の性能向上は期待できるが、不織布マスク1枚をできるだけ隙間なく装着することが大事です。
このように感染予防対策には、マスクだけでは限界があります。
手洗い、換気、人との距離、接触時間等と総合的な感染予防対策を考えることが必要であることを「富岳」は教えてくれました。
コロナ疲れ、コロナ慣れ等から職場での基本的な管理がおろそかになっていないか、今一度見直してください。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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