産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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新型コロナ対策と成功体験の弊害

2021年04月


新型コロナ対策は、2度目の緊急事態宣言の解除から1月も経たない内に、再びまん延防止措置(緊急事態宣言に準じる措置)をとらざるを得ない厳しい状況に立ち至っています(12日現在6都府県)。
特に、新型コロナの変異株が、関西地区を中心に猛威を振るっています。
県下でも、松山市以外の地区においても感染者が多発し、医療現場は深刻な状況となっています。
県では、独自のコロナ警戒レベルを「感染対策期」(3段階の最も高いレベル)に引き上げ、最大級の警戒(感染回避行動の徹底)を呼び掛けています。

ワクチンがあるから大丈夫と考えるのは、大きな間違いです。
12日から65歳以上の高齢者に対するワクチン接種が始まりましたが、接種してから効果が出るまでには(免疫獲得までには)一定の期間がかかります。
さらに、計画どおりにワクチンが入手できたとしても、全国民への接種には相当の期間を要します。
それまでの期間の対策をどうするのかが大問題です。
第1波、2波、3波と、次第に波の高さが高くなってきています。
今回の波の高さを低く抑え込む最大限の努力を徹底し、その後にワクチン効果の出現に期待したいところです。

12日、菅首相は、「世界規模の感染の波は私たちが想像したものを超えて厳しい。感染の再拡大を防ぐためには国民の皆さんに引き続き緊張感を持って対応していただくことが極めて重要」と述べた上で、「飲食店には、引き続き営業短縮の協力をいただくとともに、席と席との間隔や店内の換気に関してガイドラインの順守をお願いしたい」、「国民には、4月、5月は歓迎会や研修、大型連休と行事の多く、大人数の会食について控えていただく等、感染拡大の防止にご協力いただきたい」との要請がありました。

今回の新型コロナ対策等を聞きながら、安全管理の話でよく使っている「成功体験の弊害」と言うことが脳裏をよぎりました。
これまでの新型コロナ対策の成功体験の弊害が出ないように留意して、対策を強化することの重要性です。

成功体験とは、定めた目標を達成し「成功した」と認めている体験のことです。
成功体験には、好ましい「効果」(メリット)がある一方で「弊害」(デメリット)も伴います。

メリットとしては、成功経験があると、確固たる自信につながり、キャリアにもなり、信用度も高まり、胸を張って堂々とできます。
成功体験こそがその人を大きく成長させます。

デメリットとしては、過去の経験・知識が生かせない状況下でも、過去の成功体験を手放せず、それに縛られて、自分の能力を過信し、傲慢になり、アドバイスや現実を受け入れ難くなり、新しい考えを取り入れることが遅れがちになります。

「過去に、このやり方でうまくいったから、次も同じ方法でやれば、間違いなくうまくいくだろう」と思っていることほど、危険なことはありません。
これは、過去の成功体験にとらわれている状態です。
過去の成功体験は、あくまで過去の状況下での話であり、現在の状況下で通用するとは限りません。
従って、過去の成功体験にとらわれることなく、その成功体験をどう生かすかということが重要になってきます。

成功体験の弊害による大惨事として、よく引用させて頂いているのが、スペースシャトル 「コロンビア号」の事故です。
2003年、地球に帰還予定のコロンビア号が、着陸直前に空中分解し、7人の宇宙飛行士全員が死亡しました。

この直接原因は、打ち上げ時に外部燃料タンクから脱落した断熱材が、シャトルの左翼を損傷し、大気圏再突入時に、機体の周囲に発生する高温ガスが損傷部から流入して分解・爆発したことです。

後に、事故調査委員会は、この災害の背後要因の1つとして、成功体験の弊害を次のように指摘しています。
技術班の人達は、シャトル左翼の損傷が大気圏再突入の際に危険であるので、地球を周回中に、どの程度なのかを調べようと進言したが、上級班は、これを聞き入れませんでした。

その理由は、「今まで79回も飛んで65回、タイルが剥がれたが、全部無事に帰って来た。だから今回も同じだ」
過去の成功体験もあって、失敗に対する健全な恐怖心がなくなってしまっていました。

このようなことは、身近な日常生活においても経験しています。
ルール違反の行動(省略、逸脱、無視、等々)が、運良く成功してしまうと、これに依存する傾向が強められ、一度が二度に、そして度重なると自信がつき、習慣化し、これが過信となり、油断を招き、災害に結びつきます。

例えば、車運転中に一時停止の標識・道路標示があるのに、一時停止せずにそのまま通過したが何も起こらなかったとすると、「次も大丈夫だろう」とこれから先もこの成功体験に基づき、同じような危険な行為を繰り返すことになります。しかし、このような行為が未来永劫、成功するとは限りません。
むしろそのうちに事故になる場合が多いと思われます。

成功体験は、あくまでも過去の状況下での話であり、状況は刻々と変化していますので、過去の体験が現在では通用しなくなっていることが多いと思われます。
従って、過去の成功体験にとらわれて、傲慢になったり、判断を誤っているようなことがないかを自省してみることが必要です。

新型コロナ対策においては、第1波、2波、3波と、次第に山は高くなりましたが、何とか抑え込んできました。
これが成功体験となり、今回も今までどおりの対策で、やり過ごせると考えるのは、非常に危険です。

それは状況が、今までとは大きく変わり、厳しい状況になっているからです。
これは、変異株の影響(第3波との比較で以下の特徴)と考えられています(4/5 大阪)。

1. 変異株陽性者は、若い世代に多い傾向がみられます。
第3波 30代以下が全体の45.6% → 今回 58.2% 

2. 重症化する割合が高くなる傾向がみられます。
重症者の割合は、第3波の感染者で 3.2% → 今回 4.7%

3. 発症から重症化するまでの日数は、第3波で8日 → 今回6.5日
短期間で重症化する傾向

また、国立感染症研究所の変異株に関する報告書(4/7・第8報)によると、

1. 変異株(VOC)感染者の割合が国内でも増加しつつある。
(関西圏で増加傾向)

2. 従来株と比べて感染・伝播性が高いと見られる。
2次感染率の増加や、死亡リスクの増加の可能性が疫学データから示唆
されている。

ウイルスのヒトへの感染性・伝播のしやすさや、すでに感染した者やワク
チン接種者が獲得した免疫の効果に影響を与える可能性のある遺伝子
変異を有する複数の新型コロナウイルス流行が世界的に懸念されている。

過去の感染によって得られた免疫や承認されているワクチンによって得ら
れた免疫を回避する可能性が指摘されており、暫定結果ではあるが数社
のワクチンでは有効性の低下を認めている。

3. 社会の新型コロナウイルス感染対策は、従来株・変異株を問わないが、感
染・伝播性が増加した変異株による感染者急増を極力回避するため、対策
の強化・徹底を推奨する。

4. 変異株の流行による感染者の急増に備え、医療需要が急増した際の対応
策の構築を急ぐとともに、速やかに社会的な感染機会の抑制を図るより強
力な対策を行うこと、また、県境を跨ぐ移動など VOCが急増する地域との
往来の抑制等、拡大抑止対策を検討することを推奨する。

このような状況下ですので、過去の成功体験から得られた対策が、どこまで通用するかがわかりません。
敵は、今まで以上に強力になっているのに、これを迎え撃つ対策は、コロナ慣れ、コロナ疲れと言われるように、気の緩みがあり、さらに成功体験も加わり、今まで通りで大丈夫と思い、対策が疎かになることが懸念されます。

皆さんの職場では、このようなことがないように、従前の対策を強化・徹底するとともに、今後明らかになってくる新型コロナに関する情報を注視し、成功体験にとらわれず、新しい対策を速やかに取り入れてください。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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