産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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今なんともないからと、付けを後に残すな、石器時代からある「じん肺」

2021年07月


労働衛生の問題は、今なんともないからと、今の管理を疎かにしがちですが、これは後になって大きな付けを払う結果となります。今の管理が大切です。

粉じんによる健康障害の問題としては、まず「じん肺」です。
じん肺は、確たる証拠はありませんが、石を加工して道具として使っていた石器時代からあったと言われています。
従って、既に対策が十分になされ、じん肺患者はもういないのかと言うと、そうではなく、じん肺及び合併症による業務上疾病者数は、減少傾向にあるものの、現在でも業務上疾病の上位を占めています。
じん肺は、「古くて、新しい疾病」と言われる所以です。

じん肺とは、じん肺法・第2条で、「粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病」と定義されています。つまり、無機物、鉱物性の粉じんを長期間、大量に吸い込むことによって肺の組織が線維化し硬くなって、肺の機能であるガス交換(酸素を血液に渡し、炭酸ガスを呼気に排出する)ができなくなる疾病です。現在の医学をもってしても、じん肺そのもの治療法はありません。古くから、じん肺が進んだ患者の症状から「でよわい」、「よろけ」等と呼ばれ恐れられた業務上病です。

最近の話題としては、

1. 鉱山での掘削、トンネル工事等で、粉じんを吸ったことが原因で「じん肺」になったとして、損害賠償を求めた民事訴訟が、最近になって「和解」が成立して、ニュースになっています。
その代表的なものが、「石炭じん肺訴訟」と「トンネルじん肺訴訟」です。

(1) 「石炭じん肺訴訟」

炭鉱労働者が、石炭の採掘、岩石坑道の掘進作業等に従事して多量の粉じんを吸入した結果、じん肺になったとして、患者・遺族が、国・石炭企業に損害賠償を求めて提訴しているもの。
平成16年の筑豊じん肺訴訟最高裁判決以来、平成31年1月までで、患者2000人余りに損害賠償金(和解金)約160億円を支払い解決済みですが、まだ係属中の患者は、180人ほどいます。行政機関は、ポスターやリーフレットで石炭じん肺訴訟の「和解手続き」に関する広報活動を実施していますので、もっと増えるものと思われます。

(2) 「トンネルじん肺訴訟」

トンネル建設工事従事労働者は、掘削作業で多量の粉じんを吸入し、じん肺に罹患しました。

被災労働者は、「元請企業等」に対して慰謝料を求める「全国トンネルじん肺訴訟」を集団で提起しました。裁判では、元請企業等の安全配慮義務違反等が争点として争われたが、順次和解が成立し、被告がじん肺管理区分に応じて一定の和解金を支払う統一和解基準が確立しました。しかし、直近でも、「元請企業等」に対して慰謝料を求める集団訴訟「トンネルじん肺第〇陣訴訟」が提起され、次々に「和解」が成立しています。

また、被災労働者は、「国」に対しても、じん肺防止の規制権限不行使等の責任を追及する訴訟を提訴しました。裁判では、国の規制権限不行使を認める判決も出ましたが、政治決着により「和解」が成立しています。

2. トンネル建設工事の作業環境を将来にわたってよりよいものとする観点からの検討会報告書(令和2年1月30日公表)が提出され、この提言を踏まえ、粉じん則、安衛則等の改正が行われました。
(令和2年6月15日に公布・告示 一部を除き、令和3年4月1日から施行されています)

(1) 粉じん則関係の改正

ア 粉じん作業を行う坑内作業場での空気中の粉じんの濃度の測定は、切羽に近接する場所で行うことを義務付け、また、粉じん中の遊離けい酸の含有率を測定することが義務。

イ 粉じん濃度測定結果に応じて換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じたときは、その効果を確認するための粉じん濃度測定することが義務。

ウ 空気中の粉じん濃度及び遊離けい酸含有率測定を行ったときは、その都度、必要な事項を記録し、これを7年間保存することを義務付けるとともに、常時各作業場の見やすい場所に掲示し、又は備え付ける等の方法により、労働者に周知させることが義務。

エ ずい道等の内部で、ずい道等の建設の作業のうち、次の作業に掲げる作業に労働者を従事させる場合にあっては、一部の作業を除き、空気中粉じん濃度及び遊離けい酸含有率測定結果等に応じて、労働者に有効な電動ファン付き呼吸用保護具を使用させることが義務。

・鉱物等を、動力を用いて掘削する場所における作業
(粉じん則別表第3第1号の2)

・動力を用いて鉱物等を積み込み、又は積み卸す場所における作業
(第2号の2)

・コンクリート等を吹き付ける場所における作業
(第3号の2)

(2) 安衛則関係

ア ずい道等の掘削等作業主任者の職務について、換気等の方法を決定し、労働者に使用させる呼吸用保護具を選択すること、呼吸用保護具の機能を点検し、不良品を取り除くこと及び呼吸用保護具の使用状況を監視することを追加。

イ ずい道等の掘削等作業主任者技能講習の学科講習の科目のうち、「作業環境等に関する知識」を「作業環境の改善方法等に関する知識」に改正。

3. 「粉じん作業」の範囲が広がってきています。発じんの程度(作業時に管理濃度を超える)や作業実態及び労災認定状況等を考慮して、屋外での作業、手持ち工具等を用いた作業等が、粉じん則の「粉じん作業」に該当するようになってきています。

平成29年6月1日施行

(1) 粉じん則別表第1 (粉じん作業)に、鉱物等を運搬する船舶の船倉内で鉱物等をかき落とし、又はかき集める作業に伴い清掃を行う作業を新たに追加。

(2) 粉じん則別表第3 (呼吸用保護具を使用が必要な作業)に以下の作業を追加。

・ 鉱物等を運搬する船舶の船倉内で鉱物等をかき落とし、又はかき集める作業に伴い清掃を行う作業

・ 屋外で手持式動力工具を用いて鉱物等を破砕し、又は粉砕する作業

・ 金属その他無機物を製錬し、又は溶融する工程において、土石又は鉱物を開放炉に投げ入れる作業

平成27年10月1日施行

・ 粉じん則別表第1 (粉じん作業)に、鋳物を製造する工程において、砂型を造型する場所における作業を追加。
これにより、粉じん則第5条の換気の実施、第23条の休憩設備の設置等が必要。
また、粉じん則別表第3にも追加されたことから、第27条に定める呼吸用保護具の使用も必要。
じん肺則・別表にも追加されたことから、じん肺法に定めるじん肺健康診断も必要。

平成24年4月1日施行

・ 屋外におけるアーク溶接作業と屋外における岩石等の裁断等作業も、屋内で行う場合と同等の粉じんばく露のおそれがあることが認められたことから、屋外におけるアーク溶接作業を粉じん則の「粉じん作業」とし、また両者を呼吸用保護具の使用を要する作業とした。

平成20年3月1日施行
「粉じん作業」として、次に掲げる作業を規定(別表第1関係)

・ ずい道等の内部の、ずい道等の建設の作業のうち、コンクリート等を吹き付ける場所における作業

・ 屋内において、金属を溶断し、又はアーク溶接する作業のうち、自動溶断し、又は自動溶接する作業

4. 第9次粉じん障害防止総合対策(H30.4~R5.3)
上記の通り、じん肺は、依然として業務上疾病の上位を占めており、労働衛生の重点施策の1つとして、引き続き粉じんばく露防止対策を推進することが必要であり、国は、第9次粉じん障害防止総合対策の下に対策を推進しています。
この中で、事業者が実施すべき措置として、次のことが挙げられています。

(1) 屋外における岩石・鉱物の研磨作業又はばり取り作業及び屋外における鉱物等の破砕作業に係る粉じん障害防止対策

(2) ずい道等建設工事における粉じん障害防止対策

(3) 呼吸用保護具の使用の徹底及び適正な使用の推進

(4) じん肺健康診断の着実な実施

(5) 離職後の健康管理の推進

(6) その他地域の実情に即した事項

・アーク溶接作業や岩石等の裁断等の作業

・金属等の研磨作業

じん肺は、今日、粉じんを吸入したから、明日、じん肺を発症するというようなものではありません。
一般的には、結果が出るのは、10年、20年後、もっと後かもしれません。
従って、どうしても今の管理が疎かになりがちです。
「不治の病」と言われるように、結果が出てからでは遅いのです。
皆が、恐ろしさを十分に理解し、今の作業に問題がないかをもう一度見直してください。

次回は、「石綿粉じん」、「アーク溶接時のヒューム」、「有機粉じん」等についてみていきます。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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