産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
  • ←記事一覧へ

職場の化学物質 よもやま話-31 竹取物語・かぐや姫と石綿(アスベスト)

2021年08月


今月は、古代の人が石綿(アスベスト)をどうとらえていたか見ていきます。
アスベストの語源は、ギリシャ語の「消滅せざるもの」を意味する「asbestos」です。
炎にふれても燃えない(変化しない)ことに由来しています。
日本では、オランダ語の「asbest」が使われています。また、綿のように軽いことから、アスベストは石綿(いしわた、せきめん)とも呼ばれています。

石綿の利用の歴史は古く、紀元前3000年頃に古代エジプトでは、遺体を石綿布で包みミイラ化し、古代ローマやギリシャでは、ランプの芯材や火葬用の布に使われていたとのことです。

日本で石綿らしきものが登場するのが、平安時代につくられた日本最古の物語といわれている「竹取物語・かぐや姫」の中です。

(西暦900年代につくられたと言われていますが、明確な時期・作者不明)

物語のどこに石綿が登場するのでしょうか、日本昔話として読んだ子供の頃の記憶を思い出してください。

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」で始まります「かぐや姫」のあらすじを紹介しましょう。

昔、竹取の翁という竹を取って(竹細工で)生活している(とても貧しい)翁がいました。ある日、翁は竹林の中で、金色に光る不思議な竹を見つけました。
不思議に思って、近寄って見ると、筒の中が光っています。
早速それを切ってみると、竹の中には、なんと珠のように美しい小さな(3寸=約 9 cm)程の可愛らしい女の子が座っていました。

(古来、竹の筒には霊力、呪力が潜んでいると考えられており、
現在でも祭祀によく竹が使われているのはこのためです。
かぐや姫が竹筒の中で光っていたのは、
竹筒の霊力を表していると考えられています)

翁はその女の子を連れて帰り、夫婦で育てることにしました。
女の子を育て始めて以降、竹を切ると、竹の節と節との間の空洞の部分に黄金の入っている竹を発見することが度々あり、翁は次第に長者(金持ち)になって行きました。
女の子は、ぐんぐんと大きくなって、3か月程の間に、普通の大人並みの背たけの美しい女性に成長し、「なよ竹のかぐや姫」と名付けられました。

(竹は、略3ヶ月で成長すると言う特徴を、
かぐや姫の成長に結び付けたと考えられます)

翁は姫を帳の中から出すこともせずに、大切に育てました。
かぐや姫の容貌の清らかに美しいことは、他に比類がなく、姫の居る周辺は、暗い所がないほど光が満ち満ちていたというほどの、大変な美しさでした。

→「家の内は暗き処なく光満ちたり」と表現されています。

かぐや姫の美しさはあっという間に噂になり、求婚者が続出します。
かぐや姫の姿を覗き見ようと、竹取の翁の家の周りをうろつく者は後を絶たず誰も彼もが夜も寝ず、闇夜に出でて、覗き込むほど夢中になっていました。
しかし、そのうちに、志の無い者は来なくなってきました。

最後に残ったのは5人の公達(高貴な家柄の子息=貴公子)で、彼らは諦めず夜昼となく通ってきました。

(この5人の公達は、いずれもモデルがおり、
それも日本書紀に出ている実在の人物とのこと)

これを見て、翁がかぐや姫に「この世の男女は結婚するもので、あなたも結婚しないままではいかない」と言うと、かぐや姫は、「世の畏れ多い方々であっても、深い志を知らないままに結婚できません。ほんのちょっとしたことです。『私の言う物を持って来ることが出来た人にお仕えいたしましょう』と彼らに伝えてください」と言いました。

翁は、5人の公達を集めて、かぐや姫の意思を伝えました。
その内容は、言い伝えでしか聞いたことのない「宝物」を手に入れて、持って来るならば結婚するという難題の要求でした。
要求した宝物は、外国の高級品や手に入れるのが危険すぎる物ばかりです。

(これは、やんわりと求婚を断るための口実に
使ったのであれば、かぐや姫の思いやりが感じられます)

車持皇子は、「蓬莱の玉の枝」を持ってくるように言われました。
「蓬莱の玉の枝」は、蓬莱の山にあるという、銀の根、黄金の茎、白き玉の実を持つ枝のことです。
3年後、車持皇子は「蓬莱の玉の枝」を持参し、艱難辛苦の末に手に入れたと熱弁を振いますが、「蓬莱の玉の枝」を作らせた職人が代金の請求に現れたために偽物であることが発覚してしまいます。

阿部右大臣は、「火鼠の皮衣」を持ってくるように言われました。
「火鼠の皮衣」は唐土にあると言われる宝物で、火にくべても決して燃えず、汚れだけが焼け落ちて炎の中で輝きを放つというものです。
3年後、阿部右大臣は「火鼠の皮衣」を持参しますが、かぐや姫から火にくべてみるように言われ、戸惑いながらも火にくべると「火鼠の皮衣」は燃えてしまいました。

石作皇子は、天竺に伝わるという「仏の御石の鉢」を持ってくるように言われました。
全国を探し求めたものの見つからず、ふと足元に咲く蓮華の花を見て大切なのは、かぐや姫を思う真心と気づいたと語ります。
かぐや姫の心に響きますが、石作皇子は甘い言葉で多くの女性をたぶらかしてきたことが明らかになりました。

大伴大納言は、五色に輝くという「龍の首の珠」を持ってくるように言われました。
船で探しに出発するものの、嵐に巻き込まれて散々な目にあった上に「龍の首の珠」は見つかりませんでした。

石上中納言は、安産の守りにもなるという「燕の子安貝」を持ってくるように言われました。
軒にあるツバメの巣に手を伸ばした石上中納言は、地面に置かれたカメの上に頭から落ちて腰の骨を折ってしまい、このケガが原因で亡くなってしまいます。

このように、誰一人として、要求した本物の「宝物」を持ってきた人は、いなかったのです。

その後に、帝(天皇)までが求婚してきますが、このもったいない求婚すら門前払いをしました。

8月のある日、かぐや姫は月を見て泣いていました。
翁が何故泣いているのかと尋ねると、「私は月の人間で、15日にはお迎えが来て、月に帰らなれければならないのです」と言います。
翁たちはびっくりです。それを聞いた帝は兵士を出してかぐや姫を帰さないようにするのですが、月からの迎えが現れると兵士たちは戦意を失ってしまいます。
そして、かぐや姫は翁と悲しい別れを告げて、月に旅立って行きました。

少し長くなりましたが、あらすじは以上ですが、本題の「石綿」がどこに出てきたか、おわかりいただけたでしょうか。

かぐや姫が、阿部右大臣に「火鼠の皮衣」(火ネズミのかわごろも(かわぎぬ))を要求した部分です。
この「火鼠の皮衣」が、「石綿繊維で織った布」ではないかと言われています。

かぐや姫から「火鼠の皮衣」を所望された阿部右大臣は、唐土の王慶という人物を通じて、火鼠の皮衣を手に入れようとします。
そして、王慶からは、「火鼠の皮衣」を入手したが、唐土ではなく、天竺からの渡来品で、入手が非常に困難であったことを理由に多額の代金を要求されますが、阿部右大臣はそれに応じ、「火鼠の皮衣」と称するものを入手します。

そして、持参した「火鼠の皮衣」をかぐや姫に見せますが、これが本物かどうかを確かめるために、試しに焼いてみることを、かぐや姫は提案します。
阿部右大臣もこれに同意し、皮衣を火の中にくべます。
すると、「火鼠の皮衣」は燃えてしまいました。
火にくべても決して燃えず、汚れだけが焼け落ちて炎の中で輝きを放つという「火鼠の皮衣」ではなく、偽物でした。

古代文明において石綿は、燃えない(火で洗える)という性質から「奇跡の鉱物」として、非常に「希少で神秘化」されていました。
この「火鼠の皮衣」は、中国では火で洗える「火浣布」(かかんぷ、火で洗える布)として存在しておりました。
周(紀元前1046年-256年頃)の時代に征服した西戎からの貢ぎ物として石綿の布が入ってきて、火に投じると汚れだけが燃えてきれいになることから火浣布と呼ばれ、珍重されていたとのことです。
文献によると、この「火浣布」が日本にも渡っていると記されています。

「火鼠の皮衣」と称されるのは、「火鼠の毛で編んだ布」という意味合いです。
火鼠は、中国南部の火山の中に住むとされる想像上の動物(火光獣・幻獣)で、炎にふれても燃えることがないとされています。
この「火鼠の毛で編んだ布」は、火に燃えず、汚れても火に入れると雪のように真っ白になるとい言われていました。
この燃えない不思議な物質に対して、古代の中国人が「火鼠」という「幻獣」をつくり出したと考えられています。
これら「火鼠の皮衣」、「火浣布」と称されるものの正体は、鉱物性繊維の石綿(アスベスト)であったのではないかと言われています。

西洋では、東洋の「火鼠」に対して、「サラマンダー」という「幻獣」が登場します。
古代ギリシャでは、サラマンダーは、火の中でも燃えない(火に耐える)動物で、火の中を歩いて、火を消す(火を打ち消す)生き物として紹介されています。
中世では、「サラマンダーの皮で作った布」と称するものが登場し、火でも燃えない、火に投げ込んで洗濯できる等というキャッチフレーズ”で販売されていたそうです。
これも正体は、石綿(アスベスト)であろうと言われています。

日本では、江戸時代(1764年)に、平賀源内らが、秩父中津川の山中で、偶然にも石綿(アスベスト)を発見したことが始まりだと書かれています。
偶然とはいえ、彼にはそれを見抜く鉱物知識があったということです。
その後、源内は「火浣布」の製作に取り組み、小さな香敷きを試し織りし、幕府に献上しています。
これが日本で製作した最初とされていますが、技術的困難さもあって、それ以上に発展することはありませんでした。

このように古代の人は、石綿(アスベスト)を、「珍しく、貴重なもの、耐熱性のある有用なもの」として、重宝していました。
極めて優秀な特性を持つ石綿(アスベスト)は、近年、その性質がゆえに産業用・建材用等として多くの分野で大量に使用されるようになりました。
そして石綿の持つ優秀な特性が、人間の健康面に対してはマイナスに作用して石綿肺、肺がん、中皮腫等の疾病を発症することになります。
表裏一体という言葉がありますように、全ての出来事には必ず表と裏があります。
来月は、石綿の裏の部分(疾病)に焦点を当ててみていきます。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

記事一覧ページへ戻る