2025年06月
『啐啄同時(そったくどうじ)』という言葉がある。禅宗で、弟子が悟りを開くまであと一歩というときに、師匠がすかさず指導して悟りを得られるようにすることをいう。また、師匠と弟子の呼吸が一致するときに、悟りが得られるとも言われている。そこから、「啐」は雛がかえろうとするとき、殻の中で鳴く声のこと。「啄」は親鳥が暇の殻を外からつついて、ひなが出てくるのを助けること。物事の絶好の機会であり、学ぶ者と指導者の呼吸がぴったりと合うことでもある。いわずもがな、カウンセラーとクライエントの関係にも、この「啐啄同時」は、求められるものである。
もう1つ、健康経営という言葉がかなり浸透している現在、この「ナッジ」という行動経済学の用語も、よく耳にしたり、目にするようになった。『ナッジ(nudge=軽くつつく)』は、さりげなく、うながすだけで、人々に影響を与え、行動を変えられることが証明されている理論で、人々がよりよい選択を自然とするようにそっと後押しする方法といえる。強制するわけでなく、選択の自由はそのままに、行動を望ましい方向に導くということがいえるでしょう。例えば、社員食堂などで、サラダやフルーツを棚の目につきやすく、取りやすい位置に置くと、おのずとそれに手が伸び、摂取することになり、健康的な食事の選択が高まる。
というも
こころの健康に、この“軽くつつき、そっと後押しする”を生かすとすると、上司は、部下が、どのような状態であるかを、暖かく観察し、声かけをし、相手の状況や好みにあった。言葉がけや支援となる行動のタイミングを逃さない、ということだろうか。一方部下は、自分の状態を隠したり、ごまかしたりせず、上司を信頼し、一致した態度でおり、必要な要望や支援を言葉や行動で表現する。ことになるのではないだろうか。ここで重要であるのが、上司が部下に暖かく関わること以上に、部下が上司を信頼して、不安や恐怖、辛いこと、ミスを犯したこと等と、開示できるか、ということだと感じる。そのためには、上司が部下からのいかに信頼を得ているか、ということにつきるように思われる。
相互に相手の心情や状況を思いやり、“今”というタイミング、そして、“ここ”だというつつき、うながす場所も一致することが重要となる。
親鳥ひな鳥の関係であれば、タイミングや場所が異なると、雛は残念ながら殻の外に出てくることができない。上司部下の関係では、もし、タイミングや言動が相手にとって、攻撃となると“ハラスメント”にもなったり、出社が困難になることすらあるかもしれない。
相互理解、相互信頼により、相手の成長を願った意味のある“軽くつつき、そっと後押しする”言動を実践したいものである。
門田 聖子 産業保健相談員
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