2023年10月
中秋の名月に見守られながら帰宅、翌朝5時前、私宅のベランダから西の空に傾く月と夜明けまで過ごしました。ふと浮かんできたのは、幼い頃聴き、自らも歌った歌詞でした。
「♪出た出た月が まるいまるい まん丸い 盆のような月が ♬
かくれた雲に くろいくろい 真っ黒い 墨のような雲に
また出た月が まるいまるい まん丸い 盆のような月が (^^♪)」
目の前の情景そのままです。流れる雲に月が隠れてしまいますが、少し時間が経つとまた出てきます。雲は流れているので「また出た」となるのですが、それが待てない時もあるでしょう。1時間半ばかり月と付き合っていると、雲にもいろいろで「真っ黒い墨のような雲」もあれば、夜明け前の薄ぼんやりした灰青色の雲は空全体に広がっていて、どこからどこまでが雲なのか見わけがつきません。でも、流れていてやがて明るい月が顔を出します。
これって「人生」みたい、うまくいっているときもあれば、周りの人に理解されず四面楚歌と感じたり、その中でも一人で黙々と頑張っていたり、そうしていると声がかかり実力発揮の時期が来たり…。家族が病気になったり、帰らぬ人になることもあり、空虚で何もできない時もあったり、エネルギーが湧いてきてワクワクしたり、「人生山あり、谷あり」とは、当たり前のことなんだと長く生きていると思えます。
同じ聞きなれた歌詞でしが、賑やかな「炭坑節」と共に盆踊り風景が浮かんできました。8月のお祭りの定番「♪月が出た出た 月が出た(ヨイヨイ) 三池炭鉱の上に出た~♬」
ベートーヴェンの「月光」ってどんな曲だっけ…、1969年7月にはアポロの「月面着陸」に多くの人がテレビにくぎ付けになったなあ。「地球は青かった」は1961年ガガーリン、世界初の有人宇宙飛行での言葉です。2023年4月は日本の月面着陸失敗がありました。
「金色夜叉」の熱海の海岸、「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせて見せる」という有名な台詞を知る人も少なくなりました。「竹取物語」かぐや姫の昇天のときは「満月の明るさを十も合わせたほどであって、そこにいる人の毛の穴まで見えるくらい」とあります。満月に「ウサギの餅つき」を観るなど、古くから月と親しんできた歴史を感じます。日常の慌ただしさを逃れてみると、様々なことが浮かんでくるものです。
さて、皆さんはロボットに対して、どんなイメージをもっているでしょうか?
「お掃除ロボ」をお使いのご家庭も多いことでしょう。商業施設でも箱型のお掃除ロボがウロウロしています。目的を持って一目散、ではなく、何気なくそこら辺を動いている。幼い子は手を伸ばし触ったりしています。ゆっくりと進むので危険はないし、何か親しみを感じさせる雰囲気を持っています。「〈弱いロボット〉の思考」(岡田美智雄 講談社現代新書)によると「引き算すること」の効果、以下、少し引用してみると「発話の具体的な内容を抑えてみるとすこし見えてくることがある。
それは話し手の具体的な発語の背後に隠れていたものなのだ」私たちが誰かに声をかけるときの心情は?明確な答えを求めているときももちろんありますが、何となく声をかけたくなるときもあります、それは「つながり」を感じたいのではないでしょうか?
「発話そのものの意味は不明確なのだけれど、お互いはたしかに志向を向け合っている」と先述の「弱いロボットの思考」に述べられている。「『あれっていつなん?』に対して、『あれって?』という発話が随伴的に返される」そこで誕生するのが「む~」です。「目が大きくて、顔の下半分にあって、頬が丸くて、ヨタヨタしている。そして体表がやわらかい」目玉のような。幼時のようなモティーフで「む~」とか「む~む~」とか反応する。その後、自らはゴミを拾えない〈ゴミ箱ロボット〉、たどたどしく話す〈トーキング・アリー〉、一緒に手をつないで歩くだけの〈マコのて〉 など。
「思わず助けようとしてしまう」という場を作り出すロボット、周りの人の「あれってなあに?」と興味関心を引きつけ、「どうしたの?」「何か手伝おうか?」と自発性を引き出す、のです。
「目の前の困難を共有しあい、それに向かって一緒に取り組もうとする」「並ぶ関係」を大切にするロボット。イギリスに続いて世界で二番目に「孤独・孤立対策担当大臣」を任命した日本には、とても有効なロボットだと思われます。
「弱い」ことでつながる、という新たな発想が拓く社会を深く味わっていこうと思っています。
産業保健相談員 田中 朋子(保健師)
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