2025年02月
電車やバスの中、病院の待合といった公共の場所で、とりわけ強く感じることがあります。ひとたび周りに目をやれば右も左も、ほとんどの人が掌サイズの画面にくぎ付けになっています。今や一人一台をはるかに通り越し、スマートフォン(以下:スマホ)にタブレット、例にもれず私も複数を所有しています。大勢の人々がスマホを完全に使いこなし、日夜欠かせない存在としている実情は、一目には「スマホを支配している」ように思えるのですが、どこか「スマホに支配されている」ような、そんな姿が透けて映ります。これはおそらく、わたしの職業病でもあるのでしょう。
SNSの台頭による影響は数多く示されています。幸福度との関連もここでは割愛しますが、ポジティブなものではありません。私がもっとも懸念する点は、日々を営んでいく上での比較対象が著しく増えてしまったことです。かつて、テレビや雑誌といったマスメディアの中に出てくるのは「一般人」とは一線を画した一握りの「芸能人」あるいは「業界人」でした。そして、わたしたちにとって彼らは、自分とはまったく住む世界が違う人だったものです。しかしながら今はどうでしょう。誰もが自由に発信でき、主役になれるSNSの世界。同級生や同僚といった近しい存在にだけ向けられていた嫉妬も羨望も、SNSの中の不特定多数の同世代に向かいます。例えば、同じ年ごろの子をもつ親として、(どこの誰か知りもしないお子さんが)〇〇大学に受かった、一部上場の△△会社に就職した、そんなニュースに心を乱されてしまいます。身近な幸せが小さく見え、SNSの先の遠くの、どこか分からない、あるいは真実かも判断しようがない、他人の幸せがとても大きく見えてしまう、妙な「遠近メガネ」を装着しているのがわたしたちなのです。
比較には2種類あります。専門的には、上方比較と下方比較と呼ばれます。上方比較は、憧れや目標という言葉で表現してよいでしょう。「あの人のようになりたい!」「もっと成長したい!」とモチベーションを与えてくれるきっかけになることがあります。半面、自身のこころの状態によっては「自分はダメだ…」と落ち込む材料にもなりえます。下方比較は、よりつらい状況や立場に置かれている人の話に触れ、「自分はまだ恵まれている」と現状の見方を変え、励まされることなどです。一方で、その状況に慢心してしまえば、動きが止まってしまうことにもなるでしょう。
もちろん、SNSの世界を否定する気はありません。ただ、自身のこころの声にしっかりと耳を澄ましてください。気持ちがざわつく情報とは距離を置くのが良いでしょう。ワクワクする、お腹を抱えて笑ってしまう、ストレスが一気に吹っ飛んでいく、そんな情報は必要でしょう。メンタルヘルスにおけるセルフケアの観点からも、視聴のタイミングと情報の取捨選択について、少し意識を傾けてみましょう。
産業保健相談員 廣瀬 一郎(カウンセリング)
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