2025年07月
産業保健を担う重要な役割にある衛生管理者の職務(総括安全衛生管理者の職務のうち、衛生に関する技術的事項を担う)について、現実には事業場でどういう役割を果たしているのか、また現状では衛生管理者が十分に活躍できていないのではないかとも言われており、課題も多い。
今後、衛生管理者は、具体的にどのような役割を果たすことが、期待されているのか。
県下の過去のアンケート結果や、最近の全国衛生管理者協議会のアンケート結果等を参考に、衛生管理者の役割について見直してみましょう。
Ⅰ. 18年前の当センター調査研究結果(愛媛の労働衛生管理体制と活動状況調査)
県内事業場の労働衛生管理状況の実態と課題を明らかにし、今後の活動に役立てるために、愛媛労働局の協力を得て、県内の労働者数50人 以上の事業場の「代表者」及び「衛生管理者」(1,129)に対して、労働衛生管理に対する体制、意識、取り組み状況等について郵送法による自記式無記名調査票による実態調査(2007年6月)を行いました。
回答は代表者373人(回答率33.0%)、衛生管理者375人(同33.2%)で、この回答率から意識レベルの高い事業場にシフトした結果となっていることが窺えます。
回答結果は、クロス集計し、相関、カイ二乗検定等で検討をおこないました。
この調査結果の内、衛生管理者に関連する部分について再報告しますので、現状の衛生管理者の活動状況と比べてみてください。
当時、全国的な調査結果との比較では、よく似た活動状況や課題を抱えていましたので、比較の参考として最近の全国的なアンケート調査(全国衛生管理者協議会)結果も紹介します。
また、厚労省の「産業保健のあり方に関する検討会」 (2022年11月~)での衛生管理者はどうあるべきかの議論の内容も紹介しますので、今後の参考にしてください。
1.衛生管理者のプロファイル
年齢は40、50歳代が69%、衛生管理者の経験は5年未満が60%、年齢と共に衛生管理経験年数が増えてはくるが、各年代共に経験5年未満が一番多かった。
このことから、衛生管理者は、短期間で入れ替わっていることが窺われる。
衛生管理者が所属している部門は、管理部門(人事、厚生、総務、安全衛生、環境)で59%、職制は部長・課長職が49%。→スタッフ部門の管理職が担当。
2.処遇
衛生管理者に選任されたことに伴う処遇面(給与他)での配慮が少なく、むしろ多忙になった(36%)、変化がない(41%)が多く、また衛生関係の処置権限を与えられていない衛生管理者が29%もいた。
(権限を与えたと回答した代表者 71% 権限ありと回答した衛生管理者 70%)
3.衛生管理業務
衛生管理者の仕事は兼務(93%)で、衛生管理に充当できる時間は1割程度と少ない。
(2割以上充当できる管理者は、34%と少ない)
業務内容を5管理で見ると、健康管理、作業環境管理、総括管理、労働衛生教育、作業管理の順であった。→業態による違いはある。
4.職務遂行
衛生管理業務の実施率は、法定の週1回の職場巡視が31%と非常に少なく、労働衛生教育50%、産業医・スタッフ等との連絡調整71%であった。
現在の経験・知識で、業務遂行が可能であると回答した衛生管理者が41%であった。
これは、衛生管理者の半数以上が業務遂行に困難さを感じているとの結果であり、今後の大きな課題である。
5.上記の課題への対処として、アンケート結果から示唆されることは次のとおり。
(1).上司や事業者は、衛生管理の重要性を十分に認識(理解)した上で(※2)、
具体的な措置として、
1).衛生管理業務時間の確保(兼務減も含め仕事量の調整等)、
2).職場巡視や権限(裁量)の拡大、
3).自己研鑽(※1)の機会の提供や処遇に配慮する等、
衛生管理者が職務を果たせやすい環境整備を進めることが必要である。
(2)衛生管理者は、
1).自己研鑽(※1)による能力向上(スキルアップ)→管理レベルの向上・限られた時間内での効率的業務遂行
2).衛生管理者としての役割・職責を自覚し(※3)、
3).産業医・スタッフ・現場責任者との連携をとり(キーパーソン、コーディネート)(※5)、
4).職場実態に即応した指導を心がけ、
5).積極的な業務遂行(委員会への議題提出等)(※4)・・・が必要である。
※1.衛生管理者の自己研鑽
自己研鑽は、56%の人が実施しており、その方法は、研修・講習参加(70%)、ネット利用(50%)、専門誌(43%)の順に多い。
自己研鑽者には、業務遂行困難者は有意に少なかった。
衛生管理者は、研修等への参加(自己研鑽が出来る機会・場)を望んでいる。
能力アップの機会(25%)を与えてほしい。
※2.衛生管理者が望むことは、時間(21%)、人員(19%)、給与(23%)等のアップといったものよりも、代表者、上司が衛生管理の重要性を理解(33%)し、従業員の労働衛生面でのレベルアップ(37%)を図ってほしい。
※3.代表者が衛生管理者に望むこと及び衛生管理者の評価
専門知識(46%)を持って、職場を把握(49%)して職場指導(46%)をしてほしい。
中でも現状の活動に不満足と回答した事業場の代表者は、衛生管理者としての自覚・信念・責任感を求めている。
※4.衛生委員会
衛生管理者が(安全)衛生委員会の委員になっている(93%)が、衛生の議題が殆ど出ない事業場(11%)もあり、その理由として衛生管理者の資料提出がない(69%)ことがあげられている。
※5.産業医との関係
衛生管理者は、現状の産業医活動で満足+ほぼ満足が57%であり、代表者の67%に比べて辛口であった。
また、産業医に望むこととして、衛生管理者への指導・指示が38%と、健診後の保健指導(45%)に次いで多かった。積極的な産業医活動を望んでいる。
Ⅱ. 全国衛生管理者協議会「衛生管理者の能力向上教育」調査結果・令和元年
1.衛生管理者のプロファイル
・衛生管理者としての業務は、兼務で行っている者が約8割。
・経験年数が5年未満が約4割、5年から10年が約3割。
2.衛生管理者の現状
・選任後の経験が浅く、前任者との引継ぎが不十分で、都度調べながら業務を行っている。
・能力向上教育については、安衛法における努力義務であることはあまり知られていない。受ける時間、機会が得られない。
3.事業者の理解
・労基署への、選任届は出しているが、十分な業務をさせてもらえていない。
会社組織の中では形ばかりと感じる。
・衛生管理者としての立ち位置が明確でなく、名前を貸しているだけである。
・衛生管理者としての権限を与えられているとは思えない。
・衛生管理者の権限は実質なく、改善も提案で終わってしまい、実施につながらない。
・事業者に安衛法等の知識がなく、衛生管理者の職務・責任について理解がない。
・「健康経営」が叫ばれる中、労働衛生管理は衛生管理者ではなく、人事部門が中心となって推進している。
4.衛生管理者の業務遂行
(1)業務負荷
・衛生管理者の職務が多すぎて、十分な対応が出来ない
・衛生管理業務は兼務であり、通常業務に忙殺、衛生管理者としての業務時間が殆ど取れない。
・週1回の巡視も厳しい。
(2)業務内容・能力
・健康診断やストレスチェック等、実施後のフォローが出来ていない。
・業務内容が多く、漠然としていて、業務間のウエイトの置き方がわからない。
・やる気はあるが、衛生管理者の経験者がいないため、業務の進め方がわからない。周りに教えてくれる人がいない。育てる環境もない。
(3)情報共有や相談の場
・他の衛生管理者と情報や知識を共有する場があまりない。情報共有の場が欲しい。
・困った時、実務が分からない時等に相談できる仕組みや機関があるとよい。
・未熟で問題点の対処方法がわからない。講習会等の機会があれば参加したい。
Ⅲ. 「産業保健のあり方に関する検討会」(2022/11~2023/12)での意見等
現行の安衛法令が規定している産業保健の活動内容や体制というものは、社会や産業現場の変化に必ずしも十分に対応しておらず、産業現場の実態と合わなくなってきている部分がある。
また、中小規模の事業場においては、必ずしも十分な産業保健活動が行われていないといった現状もある。
そうした実態を踏まえて、産業現場の現状に即した効果的な産業保健活動を推進するために、どのように制度を見直し、どのような体制を構築していくべきかを検討。
この検討会は、今後の産業保健のあり方について、専門的な知見、現場の視点から検討し、今後の産業保健のあるべき方向が示されることになっています。
この検討会での議論の中から、衛生管理者に関する部分を紹介します。
1.衛生管理者の職務について、どう考えるか。
・産業保健を担う重要な役割にある衛生管理者の職務について、事業場でどういう役割を果たすべきか。
・産業医や他の専門職との関係も含めて、もう少し具体化できないか。
・衛生管理者は、総括安全衛生責任者の職務のうち、衛生に関する技術的事項を担うこととされているが、現場では具体的にどのような役割を担っているか。
・今後、衛生管理者は、どのような立ち位置で、どのような役割を果たすことが、現場の実態にも即したものとなるか。
・安全管理者のいない事業場でも、労働者の健康とも関連が深い転倒等の災害が多発している現状を踏まえ、衛生管理者が果たすべき役割はあるか。
【意見】
・中小企業では、産業医や看護職は兼務や非常勤がほとんどだが、衛生管理者だけは現場に常駐し現場の実情を知っているので、現場の責任者として配置すべき。
・衛生管理者は、単に資格を取得しているだけという実態が多く、もっと役割を整理し、活動の場を広げるべき。
現状→全国衛生管理者協議会の衛生管理者へのアンケート結果(R元年)
兼務で業務を行っている方が 8割
「名前を貸しているだけ」とか、「形ばかり」というような意見もある。
悩み→業務負荷、業務内容や業務能力、情報や知識を共有する場がない
相談できる機関が欲しい
・衛生管理者が十分に活躍していないというのが課題
その原因の多くは、事業者側にある。
何の仕事をする資格なのかを把握し、適切な指示を出す。
例えば衛生管理者の年間の巡視回数を労働基準監督署に報告する。
・衛生管理者の職場巡視は、産業医のオンライン業務を推進する上で重要な役割を果たす
・法令上の設置義務を果たすために選任しているものの、実際は、人事部の一担当者が資格取得しているだけで衛生管理者としての業務はしておらず、名ばかり配置になっている事業場が多い。
・現行の法体系の運用の中で、役割をきちんと定めることが必要。
衛生管理者は、事業者側の現場の人間として一定の権限を持つ者が就き、現場の責任者として、産業医や保健師・看護師等の外の力を活用してマネジメントすることが役割。
・衛生管理者は、産業保健スタッフの一部なのかどうなのかを議論すべき。
衛生管理者というのは、事業者の持っている責任に対しての技術的事項を行うという立場で、産業医のような独立性は必ずしも求められてはいない。
・産業医と事業者をつなぐキーパーソンとして、役割の再構築が必要。
・職場巡視について、医師の前に衛生管理者が巡視し、医師が確認する必要があるところをピックアップしたうえで医師が巡視するのが効率的。
2.産業保健を担う者の資質向上について
(1)産業医、衛生管理者がそれぞれの役割を適切に果たすことができるように、どのような教育研修が必要か。
・産業医、衛生管理者が実際に現場で役立つ知識や技能を身につけるために、今の
教育や資格の仕組みの中で何か見直すべき点はあるか。
・産業医や衛生管理者に対しては、再教育も含めて、どのような知識・技能を身につけされるべきか。
またそのための方法はどうあるべきか。
【意見】
・産業保健専門職の方が経営者から見た頼りがいというのは重要。
法令とか社会学とか、そういうところについても学びを深めて、「頼れるな」と思っていただくことが重要
・衛生管理者について特に初任時の教育が不足している。
免許は取得したが現場で何をやればよいかわからない者が多いのが現状。
・健診では、個人情報を多く取り扱うのに守秘義務について十分理解していない。
資質向上のための教育が必要
・衛生管理者の課題は、法令上の権限が大きいにもかかわらず実際の能力が追いついていない。
乖離をなくす必要があり、権限に見合った資質向上のための教育をすべき。
・衛生管理者は資格が必要なため、資格勉強になれている若手がとって、実務をやっておらず、別の人事部職員が業務を行っている現状で、資質が低下している。
・能力向上教育という制度があるのに実際は機能していないのも問題。
・資格制度ではなく、安全管理者と同様に研修制にするという方法もある。
・一度資格を取得したら、その後知見のブラッシュアップを図る機会がないため更新制にすべき。
・全国衛生管理者協議会の監事であり、本検討会の構成員からの意見
今後の対応について、全国衛生管理者協議会の中にある事業検討委員会でも議論した内容で、「再整理・見直して進めると良いと思われる事項」として、次の3点に整理された。
(1).衛生管理者の職務の再整理
安衛法第12条に示される衛生管理者の職務を再整理し、明確にする。
第1種・2種衛生管理者、衛生工学衛生管理者・作業環境測定士、保健職系衛生管理者等、それぞれの衛生管理者の労働衛生5管理(総括管理、作業環境管理、作業管理、健康管理、労働衛生教育)のウエイトを整理する
(2).衛生管理者に対する能力向上教育の見直し
初任時教育の受講を強化する。
衛生管理者のレベルに応じたカリキュラムを検討する。
(レベル:基本的機能、専門的機能、マネジメント機能等)
教育科目に課題解決型・情報共有型の教育内容を入れる。
産業医、保健師等、外部の専門家の役割、業務が理解できる内容を入れる。
開催日程の分割、e-ラーニングの活用等、柔軟な研修となるよう検討する。
(3).衛生管理者の資格に対する更新制度の検討
能力向上教育と連携して運用する。
更新のための確認テストを盛り込む。
貴事業場の衛生管理者の活動状況について、以上のような資料を参考に見直し、安全衛生委員会等で審議し、より実効の上がる活動としていきましょう。
臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)
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