産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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高年齢労働者には知恵を借りて、手を貸そう

2024年08月


令和4年簡易生命表(厚労省R5/7公表)によると、日本人の平均寿命は、新型コロナウイルス感染症等の要因で、2年連続で前年を下回ったものの、男性は 81.05年(世界4位)、女性は87.09年(世界1位)です。
また、100歳以上の高齢者は、過去最多の9万2139人(厚労省 R5/9公表)になりました。
人生100年時代を迎え、高齢者が元気に活躍でき、安心して暮らせる社会づくりが必要とされています。
働く高齢者人口は、令和5年版・高齢社会白書(内閣府)にると、令和4年の労働力人口は6,902万人で、 このうち65歳以上の者は927万人(全労働者の13.4%)で、17年連続で増加し、さらに増加する傾向にあります。

また、人口に占める労働力人口の割合は、65~69歳では52.0%、70~74歳では33.9%、75歳以上では11.0%であり、これらも増加傾向となっています。

働く高齢者が増加している理由(就業理由)としては、「経済上の理由」の割合が最も高くなっています。
年金だけでは老後の生活が不安定で、生活のために働く高齢者が増えています。
次いで、「いきがい・社会参加」といった社会とのつながりによる理由や、「健康維持、老化防止」のためといった健康面での理由が高くなっています。

一方、企業側から高齢者雇用を見ると、人材不足解消等のメリットがあります。更に、高年齢者のこれまでの知識や経験、技術が活かされ、人脈の活用や人材育成につなげることができます。

また、少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、働く意欲がある高年齢者が、その能力を十分に発揮して働いてくれることは、社会の活力を維持することにもつながります。
そのためには、高年齢者が活躍できる環境整備を図ることが必要です。
高齢労働者を受け入れる職場としては、次のような高齢労働者の健康課題に留意することが必要です。

高齢労働者の健康課題 (産保21 2016.4 第84号 抜粋)

疾病罹患者が増加

1. 受療率(2014年)は、入院・外来とも45歳で増え始める。
40~44歳と65~69歳を比較すると、入院で約3倍、外来で2.5倍に増加

2. 推計患者数の65歳前後の比較で、外来患者→糖尿病や高血圧症、等、入院患者→虚血性心疾患、脳血管疾患、肺炎、等が増加

3. 「がんの統計2014」では、60歳からの10年間での「がん」罹患者
男性→12.6%  女性→7.3%

機能低下が生じる

1. 感覚機能(視力、聴力、皮膚感覚、目の薄明順応)、平衡機能、疾病への抵抗力と回復力、夜勤後の体重減少からの回復の速さ

2. 下肢筋力や身体の柔軟性

3. 運動機能(書字速度、動作調節能)

4. 精神機能(記憶力、学習能力)

心理社会的問題

1. 両親、配偶者等の看護、介護、死別

2. 後輩や部下であった人々との人間関係の変容

3. 報酬の減少、権限の喪失によるモチベーションの低下

加齢現象にともなう健康課題の特徴

1. 正常な加齢現象は誰しもが経験し、避けられない

2. 病的な加齢現象は生活習慣等の影響があり、予防は不可能ではない

3. 疾病の増加や機能の低下を通して、直接的に就労能力に影響を及ぼす

4. 個人差が大きい

5. 心理社会的な側面と関連性がある

6. 高齢者差別によって増強される可能性がある。

このような状況を踏まえ、「有識者会議」が開催され、この結果は、令和2年に「報告書」として公表され、これを基に「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)が策定され、事業者及び労働者に求められる事項等がとりまとめられました。

一方、中災防で、高年齢労働者の安全と健康確保のための100のチェック項目を活用した職場課題の洗い出し・改善の職場改善ツールとして、「エイジアクション100」(H30年開発、R3年改訂)が出されました。

これらに基づき、高年齢労働者の健康確保のために、職場でどのような取り組みが必要なのかをチェックしていきます。
高齢労働者対応の職場になっていますか? どのような職場改善が必要ですか?
職場をもう一度見直してみましょう。

高年齢労働者は戦力であるとの方針の明示と職場風土づくり

1. 高齢労働者には知恵を借りて、衰えた機能に手を貸していますか。
(高年齢労働者の知識と経験を活かし、戦力として活用していますか)
少子・高齢化が進み、労働力人口の減少が見込まれる中、高齢労働者には社会の支え手側としての活躍が期待されています。
これは、高年齢労働者にとっても「経済上」のメリットだけでなく、「いきがい・社会参加・健康維持」等々のニーズを満たすことにもつながります。

一方、企業側から見ると、人材不足解消等の他、高年齢者の知識や経験、技術が活かされ、人脈の活用や人材育成にもつながります。
(高年齢労働者は、一般に、豊富な知識と経験を持っており、業務全体を把握した上での判断力と統率力を備えていることが多く、これら豊富な知識や経験等を活かし、戦力としての活用が期待できます)

社会的にも、社会の支え手側として活躍してくれることは、経済社会の活力維持にもつながります。
令和3年4月に改正高齢者雇用安定法が施行され、65歳までの雇用機会の確保に係る義務に加えて、70歳までの就業機会の確保が事業主の努力義務となりました。
従って企業としては、これまで以上に、働く意欲がある高年齢者がその能力を発揮し、戦力して活躍できる職場環境の整備(活躍できる場・機会の提供)を進めることが必要となってきています。

具体的な取り組み例としては、まず会社のトップが、高年齢労働者は戦力であるという「方針を明示」し、かつ重要な戦力であることを社員に「具体例で理解」させ、そのような社風(職場風土)づくりを行う。

一方、高年齢労働者に対しては、これまでの知識や経験を活かして活躍できる機会(場)を提供する。
強みを活かせる業務内容(人脈の活用、技術の継承等・・・・ )、また、強みに磨きをかけるための教育訓練や自己啓発の支援を行う。

高年齢労働者対策も盛り込ん安全衛生基本方針

2. 「安全衛生対策の基本方針」の中に、高年齢労働者の対策も盛り込んで、「方針・表明」を行っていますか。
高年齢労働者に対する安全衛生対策を推進するという「方針表明」は、事業者が責任を持って、対策を推進するということであり、トップの方針を明確化する上で、必要不可欠なことです。

方針は、高年齢労働者の加齢に伴う身体・精神機能の低下を踏まえて、安全衛生対策を実施するという内容になります。
労働安全衛生マネジメントシステムを導入している事業場においては、労働安全衛生方針の中に、例えば「年齢にかかわらず健康に安心して働ける」等の内容を盛り込んで取り組むことがよいでしょう。

推進のための実施体制(組織や担当者の配置等)

3. 高齢者労働災害防止対策に取り組む「組織」や「担当者の配置」等の実施体制が明確になっていますか。
高年齢労働者対策も盛り込んで安全衛生対策の「推進計画」を策定する等の推進体制等の整備ができていますか。
推進に当たっては、PDCAサイクルの取組となるように留意することが重要です。

機能低下によるリスクへの対応検討

4. 加齢に伴う身体・精神機能の低下よる労働災害発生リスクに対応した高年齢労働者の安全衛生対策の検討を行っていますか。
また、検討結果による対策は、作業マニュアルに盛り込む等の措置を実施していますか。

具体的な安全衛生対策を実施していくに当たっては、どのような機能の低下がどのような労働災害に影響を与えているのかを検討の上、労働災害の防止対策を行っていくことが必要です。
このため、加齢に伴う身体・精神機能の低下の状況を理解した上で、それに対応するための安全衛生対策を実施していくことが必要です。
また、対策の検討等は、安全衛生委員会等で、調査審議することが必要です。

具体的な取り組み例としては、
加齢に伴う身体・精神機能の低下を考慮した上で、4S活動、危険の見える化、ヒヤリ・ハット活動、危険予知訓練(KYT)、リスクアセスメント、機械・設備の本質安全化等の対策を実施する。

「リスクアセスメント」
職場の潜在的な危険性又は有害性を見つけ出し、これを除去、低減するための手法です。
実施に当たっては、「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(H18年3月)
に基づく手法で取り組みましょう。

リスクアセスメントの結果を踏まえ、優先改善順位の高いものから取り組む事項を決め、年間推進計画を策定し、取組を実施し、評価、改善しましょう。
その際に、

(1) サービス業等の事業場で、リスクアセスメントが定着していない場合には、同一業種の他の事業場の好事例等を参考にする方法があります。

(2) 「エイジアクション100」のチェックリストを活用することも有効です。
このチェックリストを活用することで「リスクアセスメント」と同等のことができるようになっています。

(3) 高年齢労働者の特性や課題を想定しリスクアセスメントを実施しましょう。

(4) 状況に応じ、フレイルやロコモティブシンドロームを考慮しましょう。
ガイドラインでは「フレイルとは、加齢とともに、筋力や認知機能等の心身の活力が低下し、生活機能障害や要介護状態等の危険性が高くなった状態。
ロコモティブシンドロームとは、年齢とともに骨や関節、筋肉等運動器の衰えが原因で「立つ」、「歩く」といった機能(移動機能)が低下している状態のことをいうとされています。

(5) サービス業のうち社会福祉施設、飲食店等では、家庭生活と同種の作業を行うため危険を認識しにくい面がありますが、作業頻度や作業環境の違いにより家庭生活における作業とは異なるリスクが潜んでいることに留意しましょう。

(6) 社会福祉施設等で利用者の事故防止に関するヒヤリ・ハット事例の収集に取り組んでいる場合は、こうした取り組みを活用することが有効です。
仕事をしていて、もう少しで怪我をするところだったということがあります。
このヒヤっとした、あるいはハッとしたことをヒヤリ・ハットといいます。

相談体制の整備

5. 高年齢労働者による労働災害の発生リスクがあると考える場合に、相談しやすい体制を整備し、必要に応じて、作業内容や作業方法の変更、作業時間の短縮等が行われていますか。

高年齢労働者による労働災害の発生リスクがあると考える場合に限らず、広く労働者の意見を聴く機会や、労使で話し合う機会を設けることが求められ、その際に、企業内相談窓口を設置することや、高年齢労働者が孤立することなくチームに溶け込んで何でも話せる風通しの良い職場風土づくりが効果的です。

高齢者に適切な就労の場を提供するため、職場における一定の働き方のルールを構築するよう努めることが必要です。

以下、個々の取り組みをチェックしていきます。

高年齢労働者の健康管理

健康診断と事後措置の確実な実施等(ポイント)
定期健康診断の結果をみると、労働者の半数以上が有所見という状況になっており、高齢化の進展等により、高血圧、虚血性心疾患、糖尿病等のいわゆる生活習慣病を有する労働者が増加しています。

このような生活習慣病を有する高年齢労働者に対して、職務上の適切な配慮や健康管理がなされない場合、疾病が悪化することもあることから、経年的な変化に留意しながら、疾病の早期発見と予防のための管理を行うことが極めて重要です。

また、業務における過重な負荷による脳・心臓疾患を発症したとする労災請求の支給決定件数(R4年、194件)を見ても、50歳代(67件)が最も多くなっています。

このため、職場における高年齢労働者の健康管理については、健康診断を確実に実施した上で、その結果に基づく作業時間の短縮等の就業上の措置や保健指導をきめ細かく実施していくことが必要です。

また、定年退職後に再雇用された短時間勤務者、隔日勤務者等については、安全衛生法に基づく定期健康診断の実施義務の対象外(常時使用する労働者が対象)
となる場合もあるが、これらの者も含めて健康診断を実施することが望まれます。

健康診断の確実な実施等

1. 病気であったり、体調が不良であったりする高年齢労働者も見られること等を踏まえて、きめ細かな健康管理を行っていますか。

高年齢労働者の健康管理については、産業医を中心とした産業保健体制を活用すること、また保健師等の活用も有効です。
産業医が選任されていない事業場では、地域産業保健センター等の外部機関を活用することが有効です。

健康診断の結果を高年齢労働者に通知するに当たり、産業保健スタッフから健康診断項目毎の結果の意味を丁寧に説明する等、高年齢労働者が自らの健康状況を理解できるようにすること等の取り組みが望まれます。

2. 法令に基づく健康診断の対象外となる場合もある定年退職後に再雇用された短時間勤務者や隔日勤務者等についても、健康診断を実施していますか。

労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者が、地域の健康診断等(特定健康診査等)の受診を希望する場合は、必要な勤務時間の変更や休暇の取得について柔軟な対応をすること等、高年齢労働者が自らの健康状況を把握できるような取組を実施することが望まれます。

健康診断の事後措置

3. 健康診断結果に所見がある場合には、医師等の意見を勘案して、就業上の措置(作業時間の短縮、作業内容の変更等)を確実に行っていますか。

産業医の選任義務のない50人未満の事業場は、所見のある健康診断結果について、医師等から意見聴取を行うに当たっては、産業保健総合支援センターの地域窓口(地域産業保健センター)の活用を図ることが効果的です。

4. 所見のある健康診断結果を踏まえて、医師等から意見を聴取する際には、医師等が判断を行うに当たって必要となる本人の就業状況に関する情報(作業時間、作業内容等)を的確に提供していますか。

保健指導、健康相談等

5. 保健指導や健康相談等においては、健康診断の有所見の状況やその経年的な変化に応じて、必要となる具体的な取組内容(運動、休養・睡眠、食事、節度ある飲酒、禁煙、口腔衛生等)を指示していますか。

精密検査や医療機関への受診の勧奨

6. 健康診断において生活習慣病が把握された場合には、保健指導による進行の抑制に加えて、精密検査や医療機関への受診の勧奨を行っていますか。

7. 健康診断において職務遂行能力に大きな影響を及ぼす視力や聴力等に所見がある場合には、精密検査や医療機関への受診の勧奨を行っていますか。

病気休職後の職場復帰

8. 医療機関への受診終了後においても、休職前の体調にまでには未回復であったり、体力が低下していたりする場合も見られること等を踏まえて、病気休職後の職場復帰が円滑にできるように就業上の配慮を行っていますか。

体力チェックの実施に当たっては、高年齢労働者が病気や怪我による休業から復帰する際、休業前の体力チェックの結果を休業後のものと比較することは、体力の状況等の客観的な把握、体力の維持向上への意欲や作業への注意力の高まりにつながり、有用です。

体調不良時等に対応できる体制の整備

9. 体調不良等の場合に、職場で休養できる部屋を確保するとともに、すぐに医療機関等を受診できる体制を整備していますか。

熱中症の初期対応が遅れ重篤化につながることがないよう、病院への搬送や救急隊の要請を的確に行う体制を整備することが求められています。
高年齢労働者が脳・心臓疾患を発症する等緊急の対応が必要な状況が発生した場合に、適切な対応をとることができるよう、職場において救命講習や緊急時対応の教育を行うこと等が望まれます。

次回に続く (メンタルヘルス等)

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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