産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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高齢者が働くことは、社会のため、自分のため

2024年09月


百寿者、センチナリアン

敬老の日を迎えるに当たり、厚労省から100歳以上の高齢者の数が公表されます。
今年もまもなく公表されるでしょう(本稿掲載時には公表されているかもしれません)。
100歳以上の高齢者は、1963年には153人でしたが、増加を続け1998年に1万人を超え、昨年は92,139人(前年比+1,613人)になりました。 
今後も、緩やかに延びて、25年後には100歳以上が50万人を突破するともいわれています。

欧米では、100歳以上の方を、「1世紀以上を生き抜いた」という意味のある「センチナリアン(centenarian)と呼んでいます。 
110歳以上を、スーパーセンチナリアン(Supercentenarian)

日本では、長寿祝いの名称として、100歳のお祝いを、「百」を「桃」とも読むことから「百寿(ももじゅ)」として、99歳を、「百」の字から一を引くと「白」になるから「白寿(はくじゅ)」、112歳を、これ以上は珍しいため「珍寿(ちんじゅ)」としてお祝いしています。

人間は何歳まで生きることができるのでしょうか?

先月、これまで世界最高齢だったスペインの女性(117)が亡くなったことにともない、兵庫県芦屋市に住む糸岡富子さん116歳が、世界最高齢になりました。 
糸岡さんは、1908年(明治41年)生まれで、今年5月のお誕生日で116歳になりました。 
趣味は歩くこと、お寺参りだそうです。

過去の世界最長寿者は、フランスの女性で、122歳。 1997年死去
男性の世界最長寿者は、日本の木村次郎右衛門さんで116歳。 2013年死去
これらのデータから、人間が生きれるのは、現状では120歳程度となります。

100歳まで生きたいですか?

アクサ生命保険が発表した調査結果(2018年7月)によれば、約8割(78.8%)の人が「100歳まで生きたいとは思わない」と答えた他、4人に3人(78.6%)が「長生きはリスクになる」と考えていたとのことです。

また別の調査でも、「何歳まで生きたいか」の設問に、一番多かったのが「80歳」で、「100歳まで生きたい」と答えたのは、僅か1割でした。
長寿に対して、「負のイメージ」が強いためでしょうか?

長生きにはリスクが伴う

長寿は、喜ばしいことですが、長生きすることには、いろいろな不安要因があります。

(1).人生の最後の約10年間の「健康でない期間」を、どう対応するか。
「健康寿命」と「平均寿命」とは、約10歳の差(健康でない期間)があります。
「健康寿命」を延ばして、「健康でない期間」を短くするかが重要な課題ですが、近年になっても、その差は縮まっていません。
(健康寿命とは、健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のことで、2022年版「高齢社会白書」では、男性は72.68年、女性は75.38年)

(2).加齢により、頭脳や身体能力が低下する

(例)・認知症が増加する
2040年の認知症患者数を約584万人、軽度認知障害(MCI)患者数を約613万人と推計し公表。認知症は65歳以上の約15%に当たり、6.7人に1人。(24.05.09厚労省・研究班)

・介護においても同様。

(3).老後資金が枯渇する
定年から死亡までの期間が延びる間に、資産が目減りし、老後の生活が維持できなくなる。

長寿による不安軽減にも「働き続けること」が役立ちます

高年齢者が働き続けるメリット

(1). 社会との接点がもて、心を豊かにしたり、夢中になることが出来たりして、活き活きとした生活が出来る

(2). 心身機能の衰えを防ぎ、精神的・身体的な健康維持コミュニケーションができ、精神面でもよい刺激、規則正しい生活リズムが身につく。

(3). 仕事を通じて存在感が高まり、喜びや生きがいを感じる

(4).定年後の生活資金の確保
年金や退職金では足りない分を補うことができ、生活や心にゆとりができる。

企業の事業活動に貢献することが必要

高齢者の雇用は、企業等の立場からすると、単に法的義務(コンプライアンス)があるからまた社会的責任(CSR)であるからとしてだけでは、雇い続けることはできません。
労働契約に基づき、賃金に見合うだけの労働が必要です。

老後があるのはヒト(人)だけ

ヒト以外の野生動物には、老後はなく、早々に死んでいきます。
老化で衰えれば、小さな動物は外敵に食べられやすくなり、大きな動物は食べ物を得る能力を失って死んでいきます。
長生きすることにメリットがなく、子孫を残すことができなくなれば急激に代謝が衰えて死んでいきます。

なぜヒトにだけ老後があるのでしょうか?

それは、進化の過程で、高齢者がいた方が生存(種の保存)に有利だったからです。
大きな集団のまとめ役、子育ての知恵の伝授者等として、高齢者が必要だったからです。
職場における高齢労働者の役割も、同じです。

高齢者には知恵を借り、手を貸す

高齢者が事業活動に貢献するには、長所を生かし、弱点を補うことが必要。

・長所を生かす(知恵を借りる) →高年齢労働者は戦力、お荷物ではない
豊富な知識と経験に基づく多くの知見の蓄積とそれらをベースとした高度な能力、全体把握の上での判断力と統率力、知識や経験を生かしての技術伝承等

・弱点を補う(手を貸す) →加齢に伴う疾病や機能低下による労働災害発生リスクの増加等悪影響を最小化するための具体的な職場環境整備

この加齢に伴う悪影響の最小化のための具体的な職場環境整備対策として、前回は、高年齢労働者の健康管理の中の「健康診断と事後措置の確実な実施等」のチェック項目をご紹介しました。
今回は、「メンタルヘルスケア」、「転倒・腰痛等の予防のための体力測定・運動指導」、「がんの教育と検診」のチェック項目をご紹介します。

前回のチェック内容でおわかりのように、高年齢労働者が働きやすい職場づくりは、若い世代の労働者にとっても働きやすい職場となりますので、高年齢労働者の有無に関係なく、ご活用くだされば幸いです。

メンタルヘルスケア

「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(2019.03 健康保持増進のための指針公示第3号)に基づき、取り組むよう努めることが求められています。

<ポイント>

職業生活等に関して強い不安やストレスを感じる労働者は半数を超えていると共に、業務による強い心理的負荷による精神障害を発病したとする労災請求の支給決定件数は、年間883件(2023年)と、過去最高となっています。

また、国内の自殺者は、21,837人(2023年)で、このうち被雇用者・勤め人の占める割合は、約3割です。
このような中で、メンタルヘルスケアに取り組んでいる事業者は63.4%(2022年調査)であり、国の目標値(80%以上)には達していない状況にあります。

このため、職場に存在するストレス要因は、労働者自身の力だけでは取り除くことができないものもあることから、高年齢労働者の心の健康づくりを推進していくためには、事業者による職場環境の改善をはじめ、メンタルヘルスケアの積極的な取組が必要となってきます。

特に、高年齢労働者についてメンタル面に影響を与える心理社会的問題としては、次のようなものがあります。

(1).両親、配偶者等の看護、介護、死別 
仕事と介護を両立→ 50代後半~60代前半で10人に1人
総務省・R4年就業構造基本調査で、「仕事をしている人」 6,706万人に対して、「介護もしている人」は364万人。
「仕事と介護を両立させている人」は5%ほどで、50代後半~60代前半がピークで10人に1人。

(2).役職をはずれること等による報酬の減少、権限の喪失等による役割の変化に伴うモチベーションの低下

(3).後輩や部下であった人々との人間関係の変容、若年者との世代間ギャップ等に伴うストレス

(4).加齢に伴う睡眠の質低下、疾病・体調不良の増加等に伴うメンタル不調の増加

このような点にも留意・配慮して、下記のチェックを行い、高年齢労働者のメンタルヘルス対策を推進することが必要です。

「メンタルヘルスケア・チェック項目」

高年齢労働者の特性への配慮

・高年齢労働者の「特性」を踏まえたメンタルヘルスケアを行っていますか。
職場における役割の変化、病気・体調不良、睡眠の質の低下等に伴うストレスの増加やストレス耐性の低下等

研修・情報提供

・高年齢労働者や管理監督者に対して、メンタルヘルスケアについての研修や情報提供を行っていますか。

相談窓口の設置

・メンタルヘルスケアについての相談窓口の設置等により相談しやすい環境を整備していますか。

ストレスチェック

・ストレスチェック(ストレスの状況を把握するための検査)を実施して、作業時間の短縮、作業内容の変更等の就業上の措置や職場環境の改善を行っていますか。

職場復帰の支援

・メンタルヘルス不調で休職した場合に、円滑に職場復帰できるようにするためのプログラムを定めていますか。
体力チェックの実施に当たっては、高年齢労働者が病気や怪我による休業から復帰する際、休業前の体力チェックの結果を休業後のものと比較することは、体力の状況等の客観的な把握、体力の維持向上への意欲や作業への注意力の高まりにつながり、有用です。

転倒・腰痛等の予防のための体力測定・運動指導

<ポイント>

高年齢労働者の「転倒災害」は、加齢に伴って、 ・バランス能力の低下、 ・筋力(特に下肢)の低下、・敏捷性の低下により発生しやすくなり、体力の測定等を通して転倒のリスクへの気付きを促した上で、歩行等の日常的な身体活動量を増やすことや、筋トレ・ストレッチ等の運動を行うことにより、体力低下の抑制、維持・向上を図ることができます。

また、高年齢労働者の「腰痛」は、加齢に伴って、・筋力(特に体幹)の低下、・柔軟性の低下、・慢性の筋疲労の増加等により発生しやすく、体力の測定等を通して腰痛のリスクへの気付きを促した上で、腰痛予防体操としての筋トレ・ストレッチ等の運動を行うことにより、体力低下の抑制、維持・向上とともに、慢性的な筋疲労の軽減を図ることができます。

このため、高年齢労働者の転倒・腰痛等の労働災害の防止を図るためには、まずは体力低下への気付きを促す体力測定を行った上で、日常生活の中で手軽に行える運動の指導を行うこと等の取組を行うことが望まれます。

体力チェックの対象となる労働者から理解が得られるよう、わかりやすく丁寧に体力チェック(転倒・腰痛等だけではない)の目的を説明するとともに、事業場における方針を示し、適宜当該方針を見直すことが求められています。

また、具体的な体力チェックの方法として、

(1) 加齢による心身の衰えのチェック項目(フレイルチェック)等を導入すること、

(2) 厚労省作成の「転倒等リスク評価セルフチェック票」等を活用すること、

(3) 事業場の働き方や作業ルールにあわせた体力チェックを実施すること。

この場合、安全作業に必要な体力について定量的に測定する手法及び評価基準は安全衛生委員会等の審議を踏まえてルール化することが望ましいこと、が挙げられています。 

転倒や腰痛にかかわらず広く身体機能の低下が認められる高年齢労働者については、身体機能の維持向上のための支援が望まれます。
例えば、運動する時間や場所への配慮、トレーニング機器の配置等の支援が考えられます。
リスク程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先改善順位をつけて心身両面にわたる健康保持増進措置に取り組むことが求められています。 

<取組の具体例>

(1) 転倒災害のリスクを評価するため、体力測定等のセルフチェックを実施し、転倒予防のための体力づくりに向けた運動指導会を開催する。
参考・「転倒等災害リスク評価セルフ実施マニュアル」(中災防、2009)

(2) 腰痛に関連する柔軟性(座位体前屈)や体幹の筋力(上体おこし)を測定し、柔軟性向上や筋疲労軽減のためのストレッチ、筋力向上のための筋トレ等を含む腰痛体操の指導会を開催する。

「転倒・腰痛等の予防のための体力測定・運動指導のチェック項目」

・転倒・腰痛等に関連する体力測定やその予防のための筋トレ・ストレッチ体操等の運動指導を行っていますか。

がんの教育と検診

<ポイント>

日本人は一生涯のうちに約2人に1人ががんに罹患すると推計されており、年間約38.5万人(2022年・国立がん研究センター)が、がんにより死亡しています。
また、新たに年間約94.5万人(2020年・厚労省公開の全国がん登録罹患数)が、がんと診断されております。
今後も、高年齢労働者の増加に伴って、更に増えていくことが見込まれています。

このがんの発症リスクを抑制する(1次予防)ためには、喫煙、過剰な飲酒等の生活習慣の改善等が必要であると共に、がんを「早期発見」して、「早期治療」につなげる(2次予防)ための「がん検診」の受診を促すことが必要です。

また、医療の進歩に伴って、「がん治療」と「仕事」を両立することが可能になっていますが、がんと診断された患者の約1/3の方は、依願退職又は解雇されている状況にあることから、高年齢労働者が、がんに罹患しても働き続けられる環境を整えることが必要です。

<取組の具体例>

(1) がんについての理解の促進
がんについての理解を深めるための健康教育を行うとともに、がん患者が働きやすい社内風土づくりを行う。

(2) がん予防につながる生活習慣の改善(がんの1次予防)
がんについての理解を促すと共に、がん予防に繋がる生活習慣の改善(がんの1次予防)について保健指導・健康教育を行う。

がんの予防法(がん対策推進基本計画・第3期(2018年3月)第4期が、2023年3月に閣議決定されています。

ア 喫煙: たばこは吸わない。他人のたばこの煙を避ける。

イ 飲酒: 飲酒をする場合は、節度のある飲酒をする。

ウ 食事: 食事は、偏らず、バランス良くとる。
(ア)塩蔵食品、食塩の摂取は、最小限にする。
(イ)野菜や果物不足にならない。
(ウ)飲食物を熱い状態ではとらない。

エ 身体活動: 日常生活を活動的に過ごす。

オ 体形: 成人期での体重を適正な範囲で管理する。

カ 感染: 肝炎ウイルス検査を受け、感染している場合は専門医に相談する。
機会があれば、ヘリコバクター・ピロリの検査を受ける

(3) がん検診による早期発見(がんの2次予防)
がんは、医学の進歩により治療によって治る可能性も高まっていることから、がんの早期発見・早期治療につなげるため、がん検診の実施や、健康保健組合等や市町村等が実施するがん検診の受診勧奨を行う。

がん検診の受診率 → 国の目標は50%に対して、目標値には達していない状況にあります(2018年)

胃がん (男性)48.0%、 (女性)37.1%、
肺がん (男性)53.4%、 (女性)45.6%、
大腸がん (男性)47.8%、 (女性)40.9%、
子宮頚がん(過去2年)43.7% 
乳がん(過去2年)47.4%

この内、職域におけるがん検診は、がん検診を受けた者の30~60%程度となっています(2019年)。

(4) がん治療と仕事との両立支援
2016 年2月に厚労省において策定された「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」に基づき、がん患者が働きやすい環境整備を行う。

「がん対策推進企業アクション(がん対策推進企業等連携事業)」
がん検診受診率50%を目指す国家プロジェクトにおいて、

(1) がん検診の受診を勧奨すること、

(2) がんについて企業全体で正しく知ること、

(3) がんになっても働き続けられる環境を整備すること、

の3つのアクションが推奨されています。

この「がん対策推進企業アクション」の推進パートナーとして登録すると、「がんアクション」の最新情報や「がんアクション」を推進するためのツールの提供を無料で受けることができます。 参加企業・団体3,539(2021年3月現在)

がんの教育と検診のチェック項目

・がんについての理解を促す健康教育を行うとともに、がん予防につながる生活習慣の改善(禁煙等)の指導を行っていますか。

・がん検診を実施したり、健康保険組合等や市町村が実施するがん検診の受診勧奨を行っていますか。

チェック結果はいかがでしたか。 次回は「教育」、「勤労条件」等についてご説明。

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