産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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「ベテランだから大丈夫」ではない 「成功体験」による災害を防ごう

2024年11月


高年齢労働者に対する法規制を強化(安衛法改正)

高年齢労働者の労働災害が増加しており、この防止対策を労政審議会・安全衛生分科会で検討していましたが、11月6日の会合で労使が大筋で合意したそうです。
この結果を踏まえて厚労省は、2025年の通常国会に安衛法の改正案を提出する方針のようです。

改正案(努力義務)では、転倒・転落防止措置として、段差の解消や手すりの設置、また、高齢者の特性に配慮した作業内容の見直し等や、定期健診・体力チェックの継続実施等が想定されます。

これらの内容は、本メールマガジンでシリーズでご説明してきている「エイジアクション100」が参考になると思われます。

それでは、今回も「エイジアクション100」から、高年齢労働者に対する安全衛生教育、勤労条件についてご説明します。

高年齢労働者に対する安全衛生教育

(1)安全衛生教育の確実な実施

<チェック>
法令で定められた安全衛生教育を確実に実施していますか。

<ポイント>
高年齢労働者についても、経験年数の短い者の労働災害が多くなっており、定年退職後再雇用される際等に新たな業務を担当させる場合も見られることから、雇入れ時や新たな業務を担当させるに当たっては、安全衛生教育を確実に実施することが必要です。

また、危険有害な業務に高年齢労働者を就かせるときの特別教育、危険有害な業務に現に就いている高年齢労働者に対する能力向上教育、職長等の現場監督者に新たに就くことになった高年齢労働者に対する職長教育についても、同様に確実に実施することが必要です。

これらの安全衛生教育の実施に当たっては、習熟のための時間を十分にとること、「ベテランだから大丈夫」という先入観は持たないようにすること等の高年齢労働者の特性に配慮しつつ行うことが必要です。

<取組の具体例>

① 高年齢労働者を新たに雇入れたときや作業内容を変更したときは、雇入れ時等の安全衛生教育を確実に実施している。

② 危険有害な業務に高年齢労働者を就かせるときは、安全衛生のための特別教育を確実に実施している。

③ 職長等の現場監督者に新たに就くことになった高年齢労働者に対して、必要とされる安全衛生教育を確実に実施している。

④ 危険有害業務に現に就いている高年齢労働者に、能力向上教育を行っている。

(2)加齢に伴う身体・精神機能の低下に対応するための安全衛生教育

<チェック>
加齢に伴う身体・精神機能の低下による労働災害発生リスクを低減させるための安全衛生教育を行っていますか。

<ポイント>
高年齢者は、加齢によってさまざまな身体・精神機能が低下する傾向にあります。
高年齢労働者の労働災害の発生には、バランス能力の低下、筋力(特に下肢)の低下、敏捷性の低下が転倒災害の発生に影響を与える等、加齢に伴う身体・精神機能の低下が影響を与えることから、具体的な安全衛生対策を実施していくに当たっては、どのような機能の低下がどのような労働災害の発生リスクに影響を与えているのかの視点から、必要な対策の検討を行っていくことが必要です。

このため、管理監督者に対して、加齢に伴う身体・精神機能の低下(筋力、俊敏性、バランス能力、柔軟性、視力、聴力の低下等)についての理解を促して、このような機能低下に伴う労働災害発生リスクに対応していくためには、どのように安全衛生対策を実施していくのが効果的なのかについて教育を行い、これを活かして現場における安全衛生対策の中で効果的な対策が実施できるようにすることが必要です。

また、高齢者労働者本人に対しても、加齢に伴う身体・精神機能の低下の状況や、それがどのように労働災害の発症リスクを高めているのかについて理解を促し、職場において、自分自身が転倒・腰痛等の労働災害を起こしたりすることのないように自覚を促して、気を付けさせることが必要です。

<取組の具体例>

① 管理監督者に対して、加齢に伴う身体・精神機能の低下に伴う労働災害発生リスクに対応するための安全衛生対策についての教育を行っている。

② 高年齢労働者本人に対して、加齢に伴う身体・精神機能の低下による労働災害発生リスクへの対応についての自覚を促すための教育を行っている。

転倒防止のための教育・指導の具体的な内容(例)

ア 歩行時にあわてない、急がない。

イ すり足歩行にならないように、爪先を上げるようにして歩く。

ウ 階段を下りる時は、必ず手すりを持つ。

エ 階段での遠近両用メガネ使用に慣れる。

オ 筋力低下は足から来るので、日常生活においては、散歩等も含め、軽い歩行を行う時間を長くするように心がける。

カ 転倒防止のための注意標語
「ポケテナシ」
「ポ」→ポケットハンドしない、
「ケ」→携帯電話・スマホしながら歩かない、
「テ」→手すりを持つ、
「ナ」→斜め横断しない、
「シ」→指差呼称をする。

墜落・転落防止のための教育・指導の具体的な内容(例)
ア 片足立ちでバランス感覚を鍛える。
イ 作業手順や安全設備の使い方を確実に覚え、実行する。

腰痛予防のための教育・指導の具体的な内容(例)
ア 十分な休憩・休養をとる。
イ 正しい作業方法や作業姿勢を習得する。

はさまれ・巻き込まれ防止のための教育・指導の具体的な内容(例)
ア 作業方法や手順を熟知させる。
イ 安全講習を受けさせる。
ウ 機械等の適切な使用方法を熟知させる。
エ 緊急時の対応について指導・訓練する。

視機能の低下への対応についての教育・指導の具体的な内容(例)
ア 瞼を上げて、目をしっかり見開く訓練をする。
イ 遠近両用メガネの使い方に慣れる(階段の昇降や自動車の運転)。

高年齢労働者が自らの身体機能の低下が労働災害リスクにつながることを自覚し、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解することが重要であることの教育。

危険予知トレーニング(KYT)を通じた危険感受性の向上教育。

VR技術を活用した危険体感教育。

事業場内で教育を行う者や高年齢労働者が従事する業務の管理監督者、高年齢労働者と共に働く労働者に対しても、高年齢労働者に特有の特徴と高年齢労働者に対する安全衛生対策についての教育を行う。

・ 加齢に伴う労働災害リスクの増大への対策についての教育

・ 管理監督者の責任、労働者の健康問題が経営に及ぼすリスクに関する教育

・ 高年齢労働者を支援する機器や装具に関する教育。

(3)教育・指導の実施に当たっての高年齢労働者の特性への配慮

<チェック>
「ベテランだから大丈夫」という先入観は持たないで、十分な時間をかけて、教育・指導を行っていますか。

<ポイント>
加齢に伴って、新たな作業への適応には時間がかかるようになり、教育の実施方法を工夫して行うことが必要になってきます。

これに対応するための具体的な工夫としては、

① 習熟のための時間を十分にとる。

② 過去の経験を踏まえて、経験のある作業との関連性を示すことで、より早く習熟できるようにする。

③ ビデオや理解しやすい教材等を使って自己学習できるようにする。

また、高年齢労働者では、危険の認識があっても「過去の経験」(成功体験)に基ずく過信等から危険性を低く見積もり、意識的・意図的な不安全行動を行って、労働災害につながるリスクがあります。

さらに、慣れや過去の経験からの「思い込み」での手順・やり方で作業を進めてしまうことで労働災害が発生するリスクもあります。
「ベテランだから大丈夫」という先入観は、持たないようにして、定められた作業手順で作業を実施しているか日常的に確認することが必要です。

このような高年齢労働者の特性への配慮は、安全衛生教育だけではなく、作業手順等の教育等においても同様であり、高年齢労働者に対して、教育・指導を行うに当たては、以下のような配慮が必要です。

<取組の具体例>

① 新たな業務を担当させるに当たっては、新しい知識、作業方法等についての十分な教育期間をとること等により、理解し定着しやすくなるように工夫している。

② 作業手順を守っているかどうか日常的に確認を行っている。

高年齢労働者の勤労条件

(1)勤務形態・労働時間

<チェック>
定年退職・再雇用後は、希望すれば、働きやすい柔軟な勤務制度・休暇制度を利用できるようにしていますか。

<ポイント>
加齢に伴って、若年労働者よりも高年齢労働者では、疲労からの回復に時間を要するようになり、フルタイム勤務の場合には残業がなくても疲労が蓄積しやすくなります。
このため、働く意欲のある高年齢労働者が無理なく働けるように、定年退職・再雇用後は、希望者がいれば、柔軟な勤務制度を導入するとともに、この制度を利用するかどうかを、契約更新等のタイミングで高年齢労働者から希望を聴取して、柔軟に運用することが必要です。

<取組の具体例>
高年齢労働者の働く意欲、体力や疲労の蓄積、病気やその他の事情を踏まえて次のような高年齢労働者のニーズに合った自由度の高い柔軟な勤務制度や休暇制度を利用できるようにしている。

① 勤務制度

ア フルタイム勤務(時間外労働あり、又は時間外労働なし)

イ 短時間勤務制度

ウ 隔日勤務、1週当たり3~5日勤務、1日当たり4~8時間勤務、その他個別に日数や時間を設定できる勤務制度(同じ仕事を2人で担当する制度等)

エ 時差出勤制度

オ 在宅勤務(テレワーク)制度

② 休暇制度

ア 短時間勤務・早退が可能となる時間単位の年次有給休暇
労働基準法では、労使協定を締結することにより導入することができ、年間5日間までとされている。

イ 傷病休暇・病気休暇(特別休暇)

勤務形態や勤務時間を工夫することで就労しやすくするために、高年齢労働者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先改善順位をつけて対策に取り組むことが必要です。
働きやすい柔軟な勤務制度・休暇制度を利用できるようにする際に、ワークシェアリング等を考慮してください。

健康や体力の状況を踏まえて必要に応じ就業上の措置を講じることが必要です。
高年齢労働者は、基礎疾患の罹患状況を踏まえ、労働時間の短縮や深夜業の回数の減少、作業の転換等の措置を講じることが必要です。

(2)夜勤

<チェック>
できる限り夜勤を避けるとともに、夜勤をさせる場合には、心身の負担を軽減するように夜勤シフトや休日を調整していますか。

<ポイント>
夜勤(22時~5時の勤務)は、一日の人体の働きを調整する本来の生体リズム(サーカディアンリズム)に反する働き方であり、高年齢労働者の場合は、

・ 夜勤からの疲労の回復に若年層よりも時間を要する。

・ 睡眠時間帯の変更に伴う睡眠の質の低下が大きい、といわれています。

このため、高年齢労働者については、できる限り夜勤を避け、やむを得ず夜勤をさせる場合には、心身の負担を減らすようにすることが必要です。
また、夜勤をさせる高年齢労働者については、定期健康診断等を通じて、健康状態を把握し、夜勤への配置の可否を産業医等の意見を聴取した上で、確認していく必要があります。

さらに、夜勤が長時間労働になった場合には睡眠障害が見られたり、蓄積疲労が回復し難くなるため、夜勤が長時間労働にならないようにすることが必要です。

<取組の具体例>

① 夜勤はできる限り少なくしている。

② 夜勤から次のシフトに変わる間の休日を長めに取れるようにしている。

③ 連続夜勤は2~3日に止めるようにしている。

④ 交代制勤務では、日勤、夕勤、夜勤という正循環の交代の方向にしている。

⑤ 交代時刻は個人毎の弾力化を認めいる。

⑥ 仮眠施設を設け、利用を勧めるとともに、夜勤が長時間にわたる場合は、仮眠時間は2時間以上としている。

⑦ 夜勤に従事する労働者については、配置の際、及びその後6か月以内の期間毎に1回、定期健康診断を確実に実施
し、事後措置も確実に実施している。

(3)安全や健康の確保に配慮した職務配置

<チェック>
高年齢労働者の健康状態、身体・精神機能の状態等を踏まえて、安全や健康の確保に支障がないように職務配置を行っていますか。

<ポイント>
高年齢労働者の職務配置に当たっては、本人の知識・技能や経験等を活用しつつ

① 健康状態

② 体力・技能の水準

③ 就業に向けての意欲や希望等に関する情報
を総合的に勘案して、配置する職場や担当業務等の判断を行うことが必要です。

特に、高年齢労働者については、

① 生活習慣病やがん等の有病率は年齢が上がるほど高くなる傾向にあること、

② 加齢に伴う身体・精神機能の低下には、個人差が大きいこと、

③ 就業に向けての意欲や仕事内容についての希望等には多様なものがあること

等から、職務適性をきめ細かく判断することが必要になってきます。

このため、高年齢労働者の職務配置に当たっては、本人の職務適性等に関する情報を、本人の同意を得て、できる限り収集した上で、必要に応じて、産業医等とも相談しつつ、本人の健康状態、身体・精神機能の状態等を踏まえて、安全や健康の確保に支障がないように留意する必要があります。

<取組の具体例>
高年齢労働者の職務配置を行うに当たっては、必要に応じて、本人からの情報収集、産業医等からの意見聴取等により得られた情報を活用して、安全や健康の確保に支障がないように留意している。

① 本人からの情報収集
本人から、勤務形態や業務内容等の希望、これまでの経験、技能の水準、健康状態等の職務適性を判断するに当たって必要な情報を聴取している。

② 産業医等からの意見聴取
産業医等から、定期健康診断の機会や職務配置の必要が生じたとき等に、本人の健康状態、身体・精神機能の状況等を踏まえた職務適性について意見を聴取している。

その際、本人の作業形態・作業負荷等の状況、過去の健康診断結果等の産業医等が判断を行うに当たって必要となる情報について、本人の同意を得た上で産業医等に的確に提供している。
また、必要に応じて、本人と産業医等との面談の機会を設定している。

(4)高年齢労働者の円滑な職場適応

<チェック>
高年齢労働者の職場における役割を明確にするとともに、円滑に職場に適応できるように、きめ細かな目配りを行っていますか。

<ポイント>
高年齢労働者については、

① 管理職から一般職への役割の変化に伴って、モチベーションが低下したり、

➁ 若年者との世代間ギャップ等から、職場で話し相手がなくなって、孤立したり、

③ 職場で困っても、相談相手がいないといった状況に陥る場合が見られます。
そして、職場でのコミュニケーションが損なわれた場合には、潜在的な危険に関する情報の共有が行われず、緊急事態における情報の伝達にも支障をきたすこともあります。

このため、積極的に職場内のコミュニケーションを取る機会を増やすとともに、高年齢労働者本人が困っている場合には、高年齢労働者がスムーズに職場に適応できるように、きめ細かな目配り等のサポートを行っていくことが必要です。

<取組の具体例>

① 職場における役割を明確にすること、上司との面談・職場の懇親会・似た者同士の集まり等のコミュニケーションのための仕組みをつくること等により、高年齢労働者の居場所を確保している。

② 事業場のトップや管理者が、直接対話の機会を持つこと等により、高年齢労働者の職場への適応状況を日常的に確認している。

③ 高年齢労働者が職場への適応に支障をきたしている場合には、円滑に職場に適応していけるようにきめ細かな目配りを行っている。

④ 高年齢労働者の上司となった年下の管理監督者への相談や支援を行っている。

⑤ 高年齢労働者と若年労働者とが協働できる職場づくりを行っている。

働きやすい職場づくりは、労働者のモチベーションの向上につながるという認識を共有することが必要です。
高齢者に適切な就労の場を提供するため、職場における一定の働き方のルールを構築することが必要です。

(5)治療と仕事との両立支援

<チェック>
治療と仕事との両立を図りながら、安心して働けるように必要な支援や環境整備を行っていますか。

<ポイント>
病気を治療しながら仕事をしている者は、労働人口の3人に1人と多数です。
国の調査によると、疾病を理由として1か月以上連続して休業している労働者がいる企業の割合は、メンタルヘルスが38%、がんが21%、脳血管疾患が12%であり、仕事を持ちながら、がんで通院している者は32.5万人(2010年)にのぼっています。

その一方で、疾病を抱える労働者の中には、仕事上の理由で適切な治療を受けることのできない場合や、疾病に対する労働者自身の不十分な理解や、職場の理解や支援体制不足により、離職に至ってしまう場合もあります。
特に、生活習慣病やがん等の有病率は年齢が上がるほど高くなる傾向にあり、その中でも、がんの治療のために、仕事を持ちながら通院している者を年齢別にみると、男性では、40歳代に比べて、50歳代は3倍、60歳代は5.5倍と、加齢に伴って大幅に増加しています。

このため、治療が必要な疾病を抱える高年齢労働者が、業務によって疾病を増悪させることなく、治療と職業生活の両立を図りつつ、これまでに蓄積してきた知識や経験を活かして活躍し続けられるようするために、以下のような取組を行っていくことが必要です。

<取組の具体例>

① 両立支援を行うための環境整備

ア 事業者による治療と職業生活の両立支援の基本方針の表明や具体的な対応方法等の職場ルールを作成して、労働者に周知することにより、治療と仕事との両立しやすい職場風土を醸成する。

イ 労働者や管理職に対する研修等による両立支援に関する意識啓発を行う。

ウ 治療と職業生活の両立支援の相談窓口等を明確化して周知を行う。

エ 次のような両立支援に関する制度・体制等を整備して周知を行う。

(ア)治療のための休暇制度(時間単位の年次有給休暇、傷病休暇・病気休暇)
勤務制度(時差出勤、短時間勤務、在宅勤務(テレワーク)、試し出勤)の整備。

(イ)労働者から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理。

(ウ)労働者本人の治療の状況、心身の状況、就業の状況等の情報についての関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり。

② 両立支援プランの作成
治療をしながら就業の継続が可能な労働者について、業務によって疾病が増悪することのないように、両立支援プランを作成して、必要な就業上の措置(作業内容の変更、作業時間の短縮、就業場所の変更等)や治療への配慮を行う(定期的な休暇の取得等)。

③ 職場復帰プランの作成等
治療のために長期の休業が必要な労働者について、休業期間中のフォローアップを行うとともに、職場復帰が可能となった場合には、職場復帰プランを作成して、必要な就業上の措置(作業内容の変更、作業時間の短縮、就業場所の変更等)や治療への配慮を行う(定期的な休暇の取得等)

チェック結果はいかがでしたか。
次回は「高年齢労働者に多発する労働災害の防止対策」、「高年齢労働者の作業環境管理」についてご説明いたします。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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