産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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生涯現役実現に向けた環境整備

2022年05月


敬老の日を前にした昨年9月14日、厚労省の集計が発表されました。
それによると、 100歳以上の高齢者は、前年同時期と比べて8%増えて8万6510人となり、51年連続で過去最多を更新し、20年前(2001)と比べて実に6倍となりました。
医療の進歩や健康意識の高まりで年々長寿化が進んでいます。

平均寿命(2020年)も、女性(87.74歳)、男性(81.64歳)で、これは主要48か国中、女性は1位、男性は2位です。
平均寿命は、今後も緩やかに延びていくと思われます。

今後の課題は、長寿の「質」の向上 = 健康長寿 = 健康寿命を延ばすことです。
これについては、既に説明してきましたので、今までのコラムを参照してください。
次の課題は、少子高齢化が進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を行うことです。

このような中、70 歳までの就業機会の確保に向けた法制度の検討が進められ、個々の労働者の多様な特性やニーズを踏まえ、70歳までの就業機会の確保について、多様な選択肢を法制度上整え、事業主としていずれかの措置を制度化することが努力義務になりました。

1. 「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)では、希望者全員が65歳まで働ける制度の導入が企業に義務づけられ、
(1) 65歳までの定年の引上げ
(2) 継続雇用制度の導入
(3) 定年の定めの廃止
の内、いずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を実施されています。

2. 加えて、70歳までの就業機会を確保するため、事業主に対して次のいずれかの措置(高年齢者就業確保措置)が努力義務となりました。
(令和3年4月1日施行、同日に実施及び運用に関する指針も施行)
(1) 70歳までの定年引き上げ
(2) 定年の定めの廃止
(3) 70歳までの継続雇用制度の導入(他の事業主によるものを含む)
(4) 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
(5) 70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入
【雇用以外の措置(4)、(5)による場合は、労働者の過半数を代表する者等の同意を得た上で導入】

これらの措置は、人口の減少と高齢化の進展により労働力人口が減少することが懸念される中、意欲ある高年齢者が年齢に関わりなく、生涯現役で働き続けることができる社会の実現に向けた環境整備としての法案です。
これで国としての制度は出来ましたが、次は受け入れる職場として、次のような高齢労働者の健康課題に留意することが必要です。

高齢労働者の健康課題 (産保21 2016.4 第84号 抜粋)
高齢労働者で増加する疾病

1. 受療率(2014年)は、入院・外来とも45歳で増え始める。
40~44歳と65~69歳を比較すると、入院で約3倍、外来で2.5倍に増加

2. 推計患者数の65歳前後の比較で、外来患者→糖尿病や高血圧症、等
入院患者→虚血性心疾患、脳血管疾患、肺炎、等が増加

3. 「がんの統計2014」では、60歳からの10年間での「がん」罹患者
男性→12.6%、女性→7.3%

高齢労働者に生じる機能低下

1. 感覚機能(視力、聴力、皮膚感覚、目の薄明順応)、平衡機能、疾病への抵抗力と回復力、夜勤後の体重減少からの回復の速さ

2. 下肢筋力や身体の柔軟性

3. 運動機能(書字速度、動作調節能)

4. 精神機能(記憶力、学習能力)

高齢労働者の直面する心理社会的問題

1. 両親、配偶者等の看護、介護、死別

2. 後輩や部下であった人々との人間関係の変容

3. 報酬の減少、権限の喪失によるモチベーションの低下

加齢現象にともなう健康課題の特徴

1. 正常な加齢現象は誰しもが経験し、避けられない

2. 病的な加齢現象は生活習慣等の影響があり、予防は不可能ではない

3. 疾病の増加や機能の低下を通して、直接的に就労能力に影響を及ぼす

4. 個人差が大きい

5. 心理社会的な側面と関連性がある

6. 高齢者差別(エイジズム)によって増強される可能性がある。

高齢労働者の安全課題
労働災害による休業4日以上の死傷者数のうち、60 歳以上の労働者の占める割合が増加傾向にあり、また、労働者千人当たりの労働災害件数(千人率)をみると、男女ともに最小となる25~29 歳と比べ、65~69 歳では男性で2.0 倍、女性で4.9倍と相対的に高くなっている。

このような状況を踏まえ、「人生100 年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」が開催され、就業状況、労働災害発生状況、健康・体力の状況に関する調査分析を実施するとともに、高年齢労働者の労働災害防止対策の検討が行われました。
この結果は、令和2年1月17日に有識者会議の報告書として公表され、この報告書を基に「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)が策定され、事業者及び労働者に求められる事項等がとりまとめられました。以下、本ガイドラインに基づき説明いたします。

趣旨
事業者は、各事業場における高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、健安機構(国、労災防止団体、労働者健康安全機構)等の関係団体等による支援も活用して、高齢者労働災害防止対策に積極的に取り組むよう努める。

労働者は、事業者が実施する高齢者労働災害防止対策の取組に協力すると共に、自己の健康を守るための努力の重要性を理解し、自らの健康づくりに積極的に取り組むよう努める。
この際、事業者と労働者がそれぞれの役割を理解し、連携して取組を進めることが重要です。

事業者の実施事項

事業者は、
(1) 安全衛生管理体制の確立等
(2) 職場環境の
(3) 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
(4) 高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応
(5) 安全衛生教育について、各事業場における高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の各事業場の実情に応じて、実施可能な高齢者労働災害防止対策に積極的に取り組む

1.安全衛生管理体制の確立等

(1)経営トップによる方針表明及び体制整備
高齢者労働災害防止対策を組織的かつ継続的に実施するため、次の事項に取り組むこと。

ア 方針の表明
経営トップ自らが、高齢者労働災害防止対策に取り組む姿勢を示し、企業全体の安全意識を高めるため、高齢者労働災害防止対策に関する事項を盛り込んだ安全衛生方針を表明する。

イ 実施体制を明確化
安全衛生方針に基づき、高齢者労働災害防止対策に取り組む組織や担当者を指定する等により、高齢者労働災害防止対策の実施体制を明確化する。

ウ 労働者の意見を聴く
高齢者労働災害防止対策について、労働者の意見を聴く機会や、労使で話し合う機会を設ける。

エ 衛生委員会で調査・審議
安全衛生委員会等を設けている事業場においては、高齢者労働災害防止対策に関する事項を調査審議する。

これらの事項を実施するに当たっては、以下の点を考慮すること。

・担当組織としては、安全衛生部門、人事管理部門等が考えられる。

・健康管理は、産業医を中心とした産業保健体制を活用する。
保健師等、地域産業保健センター等の活用も有効であと。

・高年齢労働者が相談できる企業内相談窓口を設置することや、何でも話せる風通しの良い職場風土づくりが効果的である。

・働きやすい職場づくりは労働者のモチベーションの向上につながるという認識を共有することが有効である。

(2)危険源の特定等のリスクアセスメントの実施
高年齢労働者の身体機能の低下等による労働災害の発生リスクについて、災害事例やヒヤリハット事例から危険源の洗い出しを行い、当該リスクの高さを考慮して高齢者労働災害防止対策の優先順位を検討(リスクアセスメント)する。

その際、「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」に基づく手法で取り組むよう努めるものとする。
リスクアセスメントの結果を踏まえ、優先順位の高いものから取組む事項を決める。
その際、年間推進計画を策定し、当該計画に沿って取組を実施し、当該計画を一定期間で評価し、必要な改善を行うことが望ましい。

これらの事項を実施するに当たっては、以下の点を考慮すること。

・小売業、飲食店、社会福祉施設等のサービス業等の事業場で、リスクアセスメントが定着していない場合には、同一業種の他の事業場の好事例等を参考に、職場環境改善に関する労働者の意見を聴く仕組みを作り、負担の大きい作業、危険な場所、作業フローの不備等の職場の課題を洗い出し、改善につなげる方法がある。

・高年齢労働者の安全と健康の確保のための職場改善ツールである「エイジアクション100」のチェックリスト(既設)を活用することも有効。

・健康状況や体力が低下することに伴う高年齢労働者の特性や課題を想定し、リスクアセスメントを実施すること。

・高年齢労働者の状況に応じ、フレイル、ロコモティブシンドローム、転倒に考慮する。
フレイルとは、加齢とともに、筋力や認知機能等の心身の活力が低下し、生活機能障害や要介護状態等の危険性が高くなった状態
ロコモティブシンドロームとは、年齢とともに骨や関節、筋肉等運動器の衰えが原因で「立つ」、「歩く」といった機能(移動機能)が低下している状態のこと。

・サービス業のうち社会福祉施設、飲食店等では、家庭生活と同種の作業を行うため危険を認識しにくいが、作業頻度や作業環境の違いにより家庭生活における作業とは異なるリスクが潜んでいることに留意する。

・社会福祉施設等で利用者の事故防止に関するヒヤリハット事例の収集に取組んでいる場合、こうした仕組みを労働災害の防止に活用することが有効である。

・労働安全衛生マネジメントシステムを導入している事業場においては、労働安全衛生方針の中に、例えば「年齢にかかわらず健康に安心して働ける」等の内容を盛り込んで取り組む。

次号に続く

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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