2022年08月
これからは、高齢者の就労が一層進んできますので、これらの方が安心して安全に働ける職場づくりが必須となります。
そこで前回は、有識者会議の報告書を踏まえて策定された「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)に基づいて、各事業場の実情(高年齢労働者の就労状況や業務の内容等)に応じた取り組みとして、
1.「安全衛生管理体制の確立等」を紹介しました。
今回も引き続いて、2.「職場環境の改善」について紹介します。
今後の職場での取り組みの参考になれば幸いです。
特に、職場の熱中症死亡災害分析結果(後記)に基づく暑熱対策にご留意ください。
2. 職場環境の改善
(1)身体機能の低下を補う設備・装置の導入(主としてハード面の対策)
身体機能が低下した高年齢労働者であっても安全に働き続けることができるよう、事業場の施設、設備、装置等の改善を検討し、必要な対策を講じること。
その際、以下に掲げる対策の例を参考に、高年齢労働者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて施設、設備、装置等の改善に取り組むこと。
<共通的な事項>
・視力や明暗の差への対応力低下を前提に、通路を含めた作業場所の照度を確保するとともに、照度が極端に変化する場所や作業の解消を図ること。
・階段には手すりを設け、可能な限り通路の段差を解消すること。
・床や通路の滑りやすい箇所に防滑素材(床材や階段用シート)を採用すること。
また、滑りやすい箇所で作業する労働者に防滑靴を利用させること。
併せて、滑りの原因となる水分・油分を放置せずに、こまめに清掃すること。
・墜落制止用器具、保護具等の着用を徹底すること。
・やむをえず、段差や滑りやすい箇所等の危険箇所を解消することができない場合には、安全標識等の掲示により注意喚起を行うこと。
<危険を知らせるための視聴覚に関する対応>
・警報音等は、年齢によらず聞き取りやすい中低音域の音を採用する、音源の向きを適切に設定する、指向性スピーカーを用いる等の工夫をすること。
・作業場内で定常的に発生する騒音(背景騒音)の低減に努めること。
・有効視野を考慮した警告・注意機器(パトライト等)を採用すること。
<暑熱な環境への対応>
・涼しい休憩場所を整備すること。
・保熱しやすい服装は避け、通気性の良い服装を準備すること。
・熱中症の初期症状を把握できるウェアラブルデバイス等のIoT 機器を利用すること。ウェアラブルデバイスとは、生体情報や運動情報を取得するため体(衣服、腕、首等)に装着可能なIoT機器
<重量物取扱いへの対応>
・補助機器等の導入により、人力取扱重量を抑制すること。
・不自然な作業姿勢を解消するために、作業台の高さや作業対象物の配置を改善すること。
・身体機能を補助する機器(パワーアシストスーツ等)を導入すること。
<介護作業等への対応>
・リフト、スライディングシート等の導入により、抱え上げ作業を抑制すること。
・労働者の腰部負担を軽減するための移乗支援機器等を活用すること。
<情報機器作業への対応>
・パソコン等を用いた情報機器作業では、「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(令和元年7月)に基づき、照明、画面での文字サイズの調整、必要な眼鏡の使用等によって適切な視環境や作業方法を確保すること。
(2)高年齢労働者の特性を考慮した作業管理(主としてソフト面の対策)
敏捷性や持久性、筋力といった体力の低下等の高年齢労働者の特性を考慮し、作業内容等の見直しを検討し、実施すること。
その際、以下に掲げる対策の例を参考に、高年齢労働者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけ対策に取り組むこと。
<共通的な事項>
・事業場の状況に応じて、勤務形態や勤務時間を工夫することで高年齢労働者が就労しやすくすること(短時間勤務、隔日勤務、交替制勤務等)
(A).筋力や運動能力は年齢に従って低下し、個人差も大きくなる。
年齢だけでなく、個人の特徴を把握して作業内容や作業時間等の調整を行う。
(B).疲労感は、行っている作業だけではなく、休憩の間隔や長さによっても大きく変わる。適度な休憩を取れるようにする。
(C).加齢とともに、昼から夜、あるいは夜から昼といった勤務シフトの変更に体を慣らしていくことが難しくなる。夜勤について十分な配慮を行う。
(D).加齢とともに、高血圧や高脂血症など、何らかの疾患を持つ人が増え、定期的に病院に行くことも多くなる。このための時間を取りやすくする。
・高年齢労働者の特性を踏まえ、ゆとりのある作業スピード、無理のない作業姿勢等に配慮した作業マニュアルを策定し、又は改定すること。
ゆとりのある作業スピード
高年齢労働者は若年者に比べ、時間に追われるような仕事には慣れにくく、またミスもしやすいことが知られている。
作業者が自主的に作業負荷をコントロールできるようにする。
無理のない作業姿勢
(A).個人差はあるが、加齢による筋力、関節の動き、柔軟性等の低下は避けられない。身体の曲げ伸ばしやねじれ姿勢など不自然な作業姿勢を減らす。
(B).加齢とともに筋力や平衡感覚が低下し、バランス能力も落ちてきて、身体の安定がとりにくくなる。長時間の立位作業を減らす。
(C).加齢とともに関節の動く範囲が狭くなり、無理に手を伸ばしてバランスを崩すこともある。視野に入り、身体をねじることなく作業できるようにする。
・注意力や集中力を必要とする作業について作業時間を考慮すること。
(A).監視作業や製品検査など高度の集中が必要な作業については、たとえば一連の作業時間が長くならないように、ローテーションで作業を分担する。
(B).注意力や判断力の低下による災害を避けるため、複数の作業を同時進行させないよう配慮する。
(C).認知能力も年齢が高くなるほど個人差は大きい。
反応が低下してきた高年齢者については、素早い判断・行動を要する作業をなくしたり、適正を考慮して就かせたりするように配慮する。
(D).高年齢者は若年者に比べて、仕事の量や内容の急な変更に適応しにくい。
作業の進み具合等が確認できるようにする。
・注意力や判断力の低下による災害を避けるため、複数の作業を同時進行させる場合の負担や優先順位の判断を伴うような作業に係る負担を考慮すること。
・腰部に過度の負担がかかる作業の作業方法については、重量物の小口化、取扱回数の減少等の改善を図ること。
(A).個人差はあるが、高年齢者は筋力が低下している。
作業内容を変える、補助具を用いるなどの配慮をする。
(B).見た目以上に重い物を持ち上げる、支える、といった作業は腰痛につながる。
数値や色彩などで具体的に重さが分かるようにする。
・身体的な負担の大きな作業では、定期的な休憩の導入や作業休止時間の運用を図ること。
疲労感の軽減のために、作業を離れて快適に休憩できる十分な広さのスペースを設ける。
<暑熱作業への対応>
暑熱作業への対応では、熱中症で重篤な災害につなげないことである。
・一般に、年齢とともに暑い環境に対処しにくくなることを考慮し、脱水症状を生じさせないよう意識的な水分補給を推奨すること。
・健康診断結果を踏まえた対応はもとより、管理者を通じて始業時の体調確認を行い、体調不良時に速やかに申し出るよう日常的に指導すること。
・熱中症の初期対応が遅れ重篤化につながることがないよう、病院への搬送や救急隊の要請を的確に行う体制を整備すること。
・職場の熱中症死亡災害(29人)の分析結果(厚労省・H27)に基づく暑熱作業への対応(下記)が参考になります。
(A). WBGT 値が28℃超では厳戒態勢をとる
死亡者29 人のうち28 人の職場では、WBGT 値は未計測だったが、その周辺ではWBGT 値が28℃を超えていた。
環境省のデータでは WBGT 値が 28℃を超えると熱中症が急増し、厳戒態勢をとらなければならない。
WBGT 値を計測し、気温が高い、照り返しが強い等により、どれほど熱が襲ってくるか、湿度が高いとどれくらい熱を放出しにくいか等を事前に把握する。
現場内でも場所によって WBGT 値は異なる。
湿度が高い草むらや、照り返しが強いコンクリート上等では一段と高くなる。
携行型WBGT測定器で、WBGT値の高い場所を見つけることも必要である。
(B).熱への順化期間が必要である
死亡者29 人のうち26 人は、計画的な熱への順化期間が設けられていなかった。
暑い環境での作業を始め3~4 日が経過すると、人は汗をかくのに必要な自律神経の反応が早くなり、体温上昇を抑えることがうまくなる。
さらに3~4 週間経過すると、汗をかく際、無駄な塩分を出さないようになる。
急に暑くなると、これらがうまく働かないことから、暑さに徐々に慣らしていく熱への順化期間が必要になる。
週間天気予報などを基に、今後の気温の上昇を予測し、作業員を熱に順化させる日を見定め、その日から7 日以上かけ、作業時間を短縮する、休憩回数を増やす、休憩場所を充実させるなどの対策を行う。
盆休みなどの長期休暇や冷夏の期間が続くと、せっかく熱に順化した身体はそうではなくなり、再び熱に順化させる期間を設けなければならない。
(C).時間を決め、定期的に水分、塩分をとる
死亡者29 人のうち17 人は、定期的に水分、塩分をとっていなかった。のどが渇いていなくても、こまめな水分、塩分補給は必須である。
過酷な暑さの時は、20~30 分毎に、カップ1~2 杯程度の摂取が求められる。
大量の水分補給が必要である。
(D).健康診断により糖尿病、心臓疾患等がないか確認する。
死亡者29 人のうち半数近くの13 人は、糖尿病、心臓疾患、高血圧等、熱中症発症に影響を与えるおそれのある疾患を有していたが、健康診断を受診しておらず、事業者はそのことが確認できていなかった。
熱中症発症に影響を与えるおそれがある疾患は、以下のとおり。
〇糖尿病、 〇高血圧症、 〇心疾患、 〇腎不全、 〇精神・神経系の疾患
〇広範囲の皮膚疾患、 〇風邪、 〇下痢・・・等
風邪や下痢等も、脱水症状につながるため、注意が必要である。
(E).体調不調で休憩させた場合、ほっておかない
死亡者29 人のうち8 人は、一旦、職場で休憩するも容態が急変した。
あわてて救急搬送したが手遅れであった。
これは体温調節力の低下により、身体の熱を外に出すメカニズムが働かなくなり、休憩するも効果がなく容態が悪化したものである。
それほどまでに体温調節力が失われることは恐ろしいことである。
環境省「環境保健マニュアル」の熱中症の応急措置フローによると、熱中症の疑いがあるが意識はある場合には休憩をさせる。
その後のフローで、「症状がよくなりましたか?」と確認することになっている。
これが重要である。
休憩後、しばらくしたら症状がよくなったか確認しなければならない。
<情報機器作業への対応>
・情報機器作業が過度に長時間にわたり行われることのないようにし、作業休止時間を適切に設けること。
・データ入力作業等相当程度拘束性がある作業においては、個々の労働者の特性に配慮した無理のない業務量とすること。
次号に続く
臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)
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