産業保健コラム

昇 淳一郎 相談員

    • 産業医学
    • 松山記念病院 医師
      ■専門内容:産業医学・精神保健
  • ←記事一覧へ

メンタルヘルス対策における「真実の瞬間」を考える

2014年05月


「真実の瞬間」とは、北欧の航空会社のCEOが自身の著書のタイトルに使用した言葉で、顧客の消費行動を規定する決定的瞬間を指すビジネス用語として定着しており、耳にされた方も多いかと思います。メンタルヘルス対策を論じる中でこの用語を採り上げるのに多少の違和感を覚える向きもあろうかと思いますが、心の内の決定的瞬間という共通要素を足がかりに、真実の瞬間を、メンタルヘルス対策の枠組の中で解釈することを試みたいと思います。

産業保健スタッフの立場で、主に抑うつ症状等を有するメンタルヘルス不調労働者に対する支援を行う機会がしばしばありますが、本来的には主体的関与が求められるはずの職場上司等の管理監督者から当該労働者の勤務状況に関するサマリーの報告を受ける場面において、その報告内容に落胆させられることが多いというのが、産業保健現場に身を置く者としての実感です。もちろん、時には、優れた管理監督者のもとでもメンタルヘルス不調に陥っているケースもありますが、優れているが故に、十分に早い段階で兆候を発見できており、多くは軽症の段階で早期に適切な対処を行うことが可能です。

しかし、きめ細かい日常的職場運営を実践していない管理監督者のもとで発生するケースでは、既に通院が開始されるなど、対応が後手に回ることもしばしばです。

果たして、このような経過の違いは、何によってもたらされるのでしょうか。

対応が後手に回るケースに共通する背景のひとつとして、個々の労働者の心の苦しみに寄り添う姿勢が弱い職場風土に当該労働者が置かれていることが挙げられます。端的に言えば、職場コミュニケーションが低調であるということに尽きますが、踏み込んで表現すると、個人特性に合わせた日常的職場運営の実践が徹底されているか否かが、メンタルヘルス不調者の早期発見の成否に影響を及ぼしているものとも考えられます。

つまり、顧客の消費行動を規定する決定的瞬間である真実の瞬間をメンタルヘルス用語として読み換えると、メンタルヘルス不調労働者の勤務継続を規定する決定的瞬間を捉える努力を怠った結果、早期発見・早期対応の機会を逸したものとの解釈が可能であると考えられます。

管理監督者は、特に若手の労働者に対し、その個人特性に合わせた人材育成計画の策定を含め、原点に立ち返った日常的職場運営の実践によって、自然体で当該労働者の勤務継続確保に向けた真実の瞬間を捉えることが可能です。

産業保健スタッフとしては、その専門的立場から関係者に対する包括的支援を行うことで円滑な職場復帰あるいは勤務継続支援を心がけることが、肝要であると考えられます。

産業保健相談員 昇 淳一郎(産業医学)

記事一覧ページへ戻る