産業保健コラム

昇 淳一郎 相談員

    • 産業医学
    • 松山記念病院 医師
      ■専門内容:産業医学・精神保健
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メンタルヘルス対策としてのワークプレース・ガバナンス

2011年01月


いわゆる新型うつ病を始めとする職場におけるメンタルヘルス課題に対する社会的関心はますます高くなっており、様々な事業場において、メンタルヘルス対策は組織運営上の重要課題となっています。多くの産業保健スタッフが各種の職場環境調査ツール等を駆使した種々のメンタルヘルス対策を展開して大きな成果を挙げていますが、一方で、若干の手詰まり感も否めない状況であると言えようかと思います。メンタルヘルス対策の各種施策の骨子には精神医学的および心理学的に高度な専門知識の実践も組み込まれており、労働現場がそのような高度の専門性に十分にキャッチアップできていないとの指摘が一部にあります。しかし産業保健現場に身を置く立場としては、精神医学的および心理学的に高度な専門知識の実践が、現実には不要である場合があるのではないかと認識しています。

メンタルヘルス不全は当該労働者にとってはもちろん、発生職場においても不幸な事態であり、大なり小なり雇用継続上の問題をもたらすきっかけとなり得ます。このような事態を乗り越えるための対処としては、「労働者の心の健康保持増進のための指針(平成18年3月31日健康保持増進のための指針公示第3号)」中の”4つのケア”の観点でみると、

・労働者自身が正しい対処方法を習得すること(セルフケア)
・管理監督者が正確な知識を保有すること(ラインによるケア)
・フォロー体制を整備すること(事業場内産業保健スタッフによるケア)
・再発回避に向けて当該労働者のストレスマネジメント力を向上させること
(事業場外資源によるケア)

等の項目を挙げることができます。これらの項目の推進の鍵となるのが標題に掲げたワークプレース・ガバナンスと考えられ、その主たるプレーヤーは管理監督者です。管理監督者が基本に立ち返った職場運営(挨拶等のコミュニケーション強化、部下の業務進捗の日々確認・フィードバック、十分に明確な業務手順・目標の設定、業務推進に関連する部下の私生活上の変化等の適切な把握、就業規則等の適正な運用、その他)を行うことによって、メンタルヘルス不全を抱えた当該労働者が継続的な職業生活を送る上で必要な事項を明確化できる場合が少なからずあります。もちろん、この過程では、産業保健スタッフによる管理監督者および当該労働者への支援が不可欠です。

ガバナンスという用語からは、コーポレート・ガバナンスに代表されるように企業経営を監視するための財務管理的な仕組みが連想されますが、ここで言うワークプレース・ガバナンスとはそのような組織全体に対する壮大な仕組みではなく、例えば上記のように職場レベルで運営上必要な各種管理項目の重要性を今一度認識した上で、それらの管理項目をメンタルヘルス対策として徹底して実施することを意味し、ベースとなるのは、管理監督者や事業場内産業保健スタッフによる当該労働者に対する思いやりです。メンタルヘルス上の対応が困難な事例において、高度な精神医学的および心理学的専門知識の実践を模索することも重要ですが、職場運営の基本に立ち返って各種の管理項目を徹底実施することでワークプレース・ガバナンスの強化を試みる価値も大いにあると言えそうです。

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