産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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サイレントキラー(静かな時限爆弾)

2021年10月


今月は、石綿による健康障害について説明します。

1. サイレントキラー(静かな時限爆弾)と言われる理由

石綿は、その名の通り、綿のように非常に軽く、フワフワと空中を浮遊します。
一度沈降したものでも容易に再度粉じんとして空中に飛散し浮遊します。(二次発じん)
人は、この空中に浮遊した石綿を、呼吸で口や鼻から吸い込みます。(呼吸器からの吸入ばく露)
肺内に吸い込まれた石綿繊維は、分解・劣化・変質しなく(材料としては優れた特性を持っており)、このため長期間にわたりそのまま肺に残ってしまい様々な健康障害を引き起こします

アスベスト分析マニュアル・厚労省2018で、(繊維とは、長さと幅の比が3以上と規定)
どのようなメカニズムで、健康障害を引き起こすのかは、まだ十分には解明されていませんが、現在のところ次のように考えられています。
石綿繊維は、人体のさまざまな防衛機構をすり抜けて、肺の終点である肺胞にまで侵入していきます。
そして、石綿繊維の優れた特性(丈夫で変化し難い)が仇となって、肺の組織内に長く滞留し続け、これがもとで炎症がおこり、肺の組織が傷つけられ続けることで、線維化が生じます(石綿肺)。
肺内に滞留した石綿繊維を、白血球の一種であるマクロファージが排除しようとしますが、長い繊維は排除され難く、逆にマクロファージは自滅・破壊してしまいます。
この際に発生した活性酸素等により、DNAが損傷されて遺伝子異常が起こり、細胞が「がん化」する誘因になるとされています(肺がん、悪性中皮腫等)。

石綿は、その「成分」が原因で健康障害を引き起こすのではなく、その「形態」
(細くて長い繊維状)が発がん性を持っており、細くて長いものほど有害性が高くなる(微細さゆえに人体に悪影響を及ぼす)と言われています。
(ラットによる実験結果から、発がん性は、繊維の形状、体内残留性、物質の表面活性が大きく影響し、直径が0.25μmより細く、長さが8μmより長い繊維の発がん性が強いという結果が発表されています→スタントン・ポット仮説)

発がん性は、石綿の種類によって異なり、角閃石族のクロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)の方がクリソタイル(白石綿)よりも発がん性が高いとされています。(胸膜中皮腫のリスクは、クリソタイルを1とすると、アモサイトは10~15倍、クロシドライトは50~100倍、との研究結果もあります)
国内で使用された石綿の9割以上はクリソタイル(白石綿)で、残りの約1割がクロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)です。

細い繊維は、眼で見えず、気づかないうちに吸い込んでしまっている可能性があります。
石綿による健康障害の1つである中皮種は、石綿を吸い込んだ後、長い潜伏期間(20~40年)を経て発症することから、サイレントキラー(静かな時限爆弾)とも言われています。
石綿は、このように有害な物質(ハザード)ですが、健康リスクが生ずるのは、石綿繊維を吸い込んだ(ばく露した)ときです。
石綿繊維を吸い込むと、上記のように石綿肺、肺がん、中皮腫等の深刻な疾病を引き起こすリスクが生じます。

2. 綿暴露の機会

石綿を仕事で扱う人は、健康障害のリスクが極めて高いことは言うまでもありません(職業性直接ばく露)。
また、発生源の近くでは、発散した石綿が高濃度で浮遊していますので、直接扱う人の近くで働く人達にもリスクがあります (職業性間接ばく露)。
さらには、石綿が付着したままの作業衣で家庭に帰り、家庭内で石綿が付着した作業衣の着替えや洗濯等で、石綿が飛散し、それを吸い込み健康障害(中皮腫)を起こすこともあります(傍職業性家庭内ばく露)。
家庭内での石綿製品のDIY (do-it-yourself 日曜大工)でのばく露もあります(傍職業ばく露)。
石綿工場の近隣住民がばく露することもあります(近隣ばく露)。
このように直接的に石綿を扱わなくても、「間接的」な形で健康障害が出ているとの報告がありますので、注意が必要です。

3. 健康障害リスク

国際がん研究機関(IARC)は、Group1(発癌性がある)と一番厳しいクラスにランクし、肺線維症、肺がんの他、稀な腫瘍である悪性中皮腫の原因になると勧告しています。
日本の産衛学会許容濃度等の勧告(2020)の発がん性分類では、第1群(ヒトに対して発がん性があると判断できる物質で、疫学研究からの十分な証拠がある)

500本/リットル濃度で存在する環境下で50年間労働すれば、肺がんのリスクが2倍になるとされています。

肺がんについて、喫煙による相乗作用も指摘されています。
喫煙と石綿ばく露との相互作用が、肺がんリスクを相乗的に高めることは広く知られています。
つまり、石綿ばく露を受けた喫煙者が肺がんになるリスクは、喫煙者が肺がんになるリスクと石綿ばく露者が肺がんとなるリスクを合計したものより高くなる(相加ではなく相乗→足し算ではなく掛け算)ということです。
次のような研究結果があります。

肺がんのリスクは、非喫煙者で石綿非暴露者を1とした場合、非喫煙者で石綿暴露者は5倍、喫煙者で、石綿非暴露者は11倍であるが、喫煙者で石綿暴露者は54倍にもなるという結果です。
更に、石綿による肺がんリスク(5倍)より、喫煙による肺がんリスク(11倍)の方が2倍も高いということです。
このことは、石綿による肺がん認定を難しくさせています。
(石綿によるものか、喫煙によるものかの鑑別)
また、将来の肺がん発生のリスクを減らすためには、禁煙することが非常に大切であることを示しています。

HSE (イギリス安全衛生庁)が最近発表した科学論文では、平均的なクロシドライト(青石綿)をクリソタイル(白石綿)と比べた場合、中皮腫となるリスクは500倍、肺がんになるリスクも10~50倍となっています。
アモサイト(茶石綿)をクリソタイル(白石綿)と比べた場合も、中皮腫は100倍、肺がんは10~50倍です。

健康障害リスクがゼロと言える「安全基準はありません」
発症リスクは、石綿ばく露作業にどのくらいの期間従事し、どのくらいの量の石綿を吸入したか(ばく露量)によって決まります。
石綿のばく露量と中皮腫や肺がん等の発症との間には相関関係が認められていますが、短期間の低濃度ばく露における発がんの危険性については明確にはなっていません。

中皮腫→リスクはゼロだと言い切れる安全基準の存在について、科学的コンセンサスはありません。
疫学調査では、リスクがゼロとなるばく露レベルは極めて低いものとなることが証明されており、現在それを数値化することは不可能であるというのが一般的見解です。

肺がん、石綿肺→よくわかっていません。
一般的には、クリソタイル(白石綿)は、大量に吸引しない限り、臨床的に有意な肺繊維症(石綿肺)は起こさないとされています。
クロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)については、はっきりしておらず、かなり低レベルのばく露でも肺繊維症(石綿肺)は起こっています。
これらに閾値があるとすれば、非常に低いものとなります。

4. 法定基準

石綿を取り扱う工場・作業場(特定粉じん発生施設)の敷地境界基準

石綿繊維10本/リットル (大気汚染防止法施行規則第16条の2)
→この基準値はアメリカと同じ

安衛法に基づく工場内石綿粉じん管理濃度
クリソタイル繊維 150本/リットル  2004年(H16年) 厚労省告示第369号

5. 健康障害はいつ頃からわかったか(健康障害の歴史)

(石綿肺)

1900年代 石綿鉱山における短命や肺病と石綿症(肺の炎症と肺線維症)の論文が発表された。

1924年 イギリスでは、石綿症の診断基準が定められ、1930年代には換気についての労働基準が定められた。

1936年 肺組織の傷による肺の硬化(石綿肺)は、職業病として認識されていた。

(肺がん)

1938年 石綿が肺がんの原因となる可能性があることが、ドイツの新聞で公表。
ドイツに対応し、換気装置の導入、労働者の補償を義務づけ。

1964年 空気中の大量の石綿が人体に有害であることを指摘した論文が公開。

1970年代 アメリカの裁判所は、石綿産業界が1930年代から石綿の危険性を認識しつつ隠蔽を行っていたものと認定。

1973年 世界最大の石綿メーカーのジョンズ・マンビル社(アメリカ)は、製造者責任を追及され、訴訟で、製造者責任が認定されると、次々と類似の訴訟が起こり、賠償金も20億ドルに達し、1982年に倒産。

6. 法規制の変遷(飛散、ばく露の予防・防止措置)

安衛法、大気汚染防止法等で、石綿繊維の飛散やばく露防止等が図られてきました。

1975年(S50)9月 吹き付け石綿(5%超)の使用が禁止(特化則改正)

1995年(H7)4月 石綿(1%超)の吹付け作業が原則禁止(特化則改正)
有害性の高いクロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)の製造、輸入、使用等を禁止(以下は安衛施行令)以後は主にクリソタイル(白石綿)だけが使用されてきた

2004年(H16)10月 クリソタイル(白石綿)を含め石綿含有率が1%を超える建材、摩擦材、接着剤等の製造、使用禁止

2005(H17)年7月 「石綿障害予防規則」が施行

2006年(H18)9月 代替が困難な一定の適用除外製品等を除き、石綿含有率が0.1 %を超える全ての製品製造、使用等が禁止

2012年(H24)3月 猶予措置が撤廃されて、全ての石綿含有物の製造等が禁止

2020(R2)年7月 「石綿障害予防規則」の改正

2023(R5)年10月 「大気汚染防止法」が改正・施行され、解体等工事に伴う石綿飛散防止対策の強化が図られる

石綿の研究(飛散防止、分析技術、無害化等)が禁止されないように、適用除外が設けられています。

主な関係法令

安衛法 (石綿則等)
石綿を0.1%を超えて含有する製剤等の製造、輸入、使用等の禁止、建築物の解体等の作業における労働者への石綿ばく露防止措置等を規定。

大気汚染防止法
建築物解体等の作業の届出、建築物解体等の作業基準(吹付け石綿、石綿含有保温材等の除去等)を規定。

建築基準法
吹付け石綿等の建築物への使用禁止及び増改築、大規模修繕・模様替の際に除去を義務づけ。増改築、大規模修繕・模様替の際の既存部分は、封じ込め及び囲い込みの措置を許容。

建設リサイクル法 (建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律)
特定建設資材に付着している吹付け石綿等の有無に関する調査を行うこと、付着物の除去の措置を講ずること等を規定。

廃棄物処理法 (棄物の処理及び清掃に関する法律)
廃棄物の排出抑制、適正処理等により、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的として、廃石綿等を含む廃棄物の特別な管理等を規定。

宅地建物取引業法
建物について、石綿使用の有無の調査結果が記録されている時は、その内容を重要事項説明として建物の購入者等に対して説明することを規定。

住宅の品質確保の促進等に関する法律
住宅性能表示制度において、既存住宅における個別性能に係る表示事項として、「石綿含有建材の有無等」などを規定。

石綿救済法 (石綿による健康被害の救済に関する法律)
家族や近隣住民の健康被害への対応として、健康被害を受けた患者や死亡者に対して医療費や弔慰金等を支給。

臼井繁幸 産業保健相談員(労働衛生コンサルタント)

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