産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
  • ←記事一覧へ

できていますか安全衛生教育、再確認で健康職場

2023年05月


年度初めは、新規雇用者(新入社員)、作業内容変更者、新規有害業務従事者等、安全衛生教育の対象者が増えます。
教育対象者や必要な教育に抜けがないか、安全衛生業務従事者に資格者を選任しているか、再チェックしましょう。

安全衛生教育は、就業に当たって必要な安全衛生知識等を付与することで、安全で健康的な就業を実現するために行うものです。
事業者が、労働者に最初に行う「安全配慮義務」が、「安全衛生教育の実施」とも言われているように、極めて重要なものであり、労働衛生5管理(作業環境管理、作業管理、健康管理、安全衛生教育、統括管理)の1つとして重視されています。

安全衛生教育が十分でなかったがために、裁判で安全配慮義務違反となり、損害賠償金を支払うことになった判例を紹介します。

介助時の負傷で損害賠償請求(KC事件・H21年地裁判決)
Aは介護ヘルパー2級の資格を取得し、老人ホームに採用された。
採用後、「新入社員マニュアル」を渡され、勤務時間、業務の概要等の説明を受けたが、介助作業時の自身の身体の安全を守るための基本的注意事項等の指導・教育はなかった。

Aは、勤務開始1ヶ月後に、老人ホームの廊下で、「キャー、助けて」という叫び声を聞き、部屋に入ると、入居者Bが、ベッドと車椅子の脇の床に倒れていた。
Aは、Bの担当ではなかったので、「ヘルパーさん、誰かいませんか」と、3回程呼んだが誰も来なかった。
Aは、そのままBを放置できず、単独で抱き上げて、車椅子に乗せようとしたところ、右手関節付近に激痛が走った。
Aの傷は、右手関節捻挫と診断され、後に業務上災害・障害9級の認定を受けた。
Aは、この災害による損害賠償を求め民亊裁判になった。

判決は、ヘルパー2級の資格取得者といえども、現場に即した実践的な教育をすることが必要。
また、本件は、2人以上で、Bを車椅子に移乗さるべき状況であった。

1.ステーションにヘルパー等がいない場合は、緊急コールで連絡することも可能であったが、Aはこの対処方法も教育されていなかった。

2.一人で被介護者を車椅子に乗せる場合は、Aが行った方法は、危険性があるから、厳に慎むべき方法であったが、教育されていなかった。

このような現場に即した実践的な教育が雇用時になかったので、老人ホーム側に安全配慮義務違反があったとして、570万円余の損害賠償が認められた。

この判例からの教訓は、雇入れ時の安全衛生教育は、仕事に就かせる前に、現場に即した実践的な内容(緊急コール連絡、移乗は2人以上、一人の場合の作業姿勢等)の教育をやっておくべきであった。

本判例は、民法415条の債務不履行(安全配慮義務不履行)による損害賠償請求です。
安衛法に基づく「雇入れ時の安全衛生教育」は、法59条、則35条に定められており、罰則(50万円以下の罰金)の付いた義務となっています。
しかし、高齢者介護施設における雇入れ時の安全衛生教育マニュアル(中災防)によると、法令で義務付けられているにもかかわらず、高齢者介護施設(H29年)では、約半数の事業所においてしか実施されていないのが実態でした。

安衛法は、過去の災害を教訓に、同種災害の再発防止のために「必要最低限の措置」を定めたものですので、遵守することが必須です。そこで安衛法では、安全衛生教育についてどのように定められているかを説明しますので、遵守できているかどうかのチェックにご活用ください。

安衛法には多くの種類の教育が定められていますが、その必要性・優先度は、実施しなかった場合のリスクの大きさの順で、一般的には法的拘束力・強制力の強い順となります。
これを例示すると次のようになります。

(1).雇い入れ時教育、作業内容変更時教育、特別教育・・・(罰則付き義務)

(2).職長教育・・・(罰則無し義務)

(3).健康教育・・・(努力義務)

これらの教育を順次説明していきますので、対象作業の有無、教育実施の有無、教育記録の有無等をチェックしてください。

【1.】雇い入れ時教育、作業内容変更時教育(罰則→50万円以下の罰金)
法59条

1項 事業者は、労働者を雇い入れたときは、当該労働者に対し、厚労省令で定めるところにより、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行なわなければならない。

2項 前項の規定は、労働者の作業内容を変更したときについて準用する。

則35条 厚労省令による雇入れ時等の教育

事業者は、労働者を雇い入れ、又は労働者の作業内容を変更したときは、当該労働者に対し、遅滞なく、次の事項のうち当該労働者が従事する業務に関する安全又は衛生のため必要な事項について、教育を行なわなければならない。
ただし、令第2条第3号に掲げる業種の事業場の労働者については、第1号から第4号までの事項についての教育を省略することができる。

1.機械等、原材料等の危険性・有害性及びこれらの取扱い方法に関すること。

2.安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法に関すること。

3.作業手順に関すること。

4.作業開始時の点検に関すること。

5.当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること。

6.整理、整頓及び清潔の保持に関すること。

7.事故時等における応急措置及び退避に関すること。

8.前各号に掲げるもののほか、当該業務に関する安全又は衛生のために必要な事項

但し書きの省略規定は、現在は、令第2条第3号の業種(その他の業種→非工業的業種)については、第1号から第4号までの教育項目の省略が認められていますが、2024(R6).4.1からは、この省略規定が廃止されます。
従って、危険性・有害性のある化学物質を製造し、または取り扱う全ての事業場では、化学物質の安全衛生に関する必要な教育を行わなければなりません。

【2.】作業内容変更時教育
作業内容の変更時の安全衛生教育は、雇入れ時の安全衛生教育の教育事項等が準用されます(法59条2項)。

作業内容の変更時とは、作業の異なる部所への異動や機械・作業方法の大幅な変更時等が含まれます。

留意点

1.雇入れ時健康診断(則43条)の対象者と、雇入れ時安全衛生教育(則35条)対象者とは、違っていることに注意が必要です。
違いは、健診対象者は、「常時使用する労働者」で、教育対象者は、「雇用形態を問わず全ての労働者」となります。
パートタイマーやアルバイト等の短時間労働者、期間労働者に対して、雇入れ時安全衛生教育が必要ですので、雇入れ時健康診断の対象者と混同していないか、チェックしてください。
参考までに、健診対象となる常時使用する労働者については、H19.10.1付け基発第 1001016 号「安衛法の一般健康診断を行うべき常時使用する短時間労働者」に、詳細な記載があります。

2.雇入れ時の安全衛生教育は、詳細なカリキュラムや教育時間の法令上の定めはありません。
労働者が従事する業務を考慮して、法定の必要事項(前記の則35条1~8号)の教育を実施するために、自社で教育マニュアルやカリキュラムを作成し実施しなければなりません。
自社での実施が難しい場合は、外部委託等も考慮してください。

3.教育のための時間を確保し、指導者等から直接教育を実施してください。
雇入れ時等の教育は、事業者に実施義務がありますので、労働時間として実施することが必要です。
また、マニュアル等を渡し、「これを読んでおくこと」だけでは、安全衛生教育したことにはなりません。
これでは、読まない可能性があり、読んだとしてもどれだけ理解できたかわかりません。
前記の判例のように、現場に即した実践的・具体的な内容(緊急コール連絡、移乗は2人以上、一人の場合の作業姿勢等)の教育が求められています。

4.個人ごとの教育実施記録を作成し保存しておくことが賢明です。
雇入れ時と作業内容変更時の教育については、教育実施記録の作成・保存は、法定ではありません。
しかし、労働者ごとに、どのような教育をいつ受けたか等の教育実施記録を作成し、保存しておけば、前記のような裁判になった際の教育実施の物的証拠になります。
また、個人の育成教育を継続的、効果的に行っていくために非常に役立ちます。

【3.】特別教育(罰則→6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)
法59条

3項 事業者は、危険又は有害な業務で、厚労省令で定めるものに労働者をつかせるときは、厚労省令で定めるところにより、当該業務に関する安全又は衛生のための「特別の教育」を行なわなければならない。
厚労省令で定めるものとは、特別教育を必要とする業務です。

則第

36条 法第59条第3項の厚労省令で定める危険又は有害な業務は、下記のとおりです。

1号 「研削といしの取替え、試運転の業務」から

41号 「フルハーネス型の墜落制止用器具を用いて行う作業に係る業務」までの業務が示されています。
労働衛生に関わる代表例を挙げると以下のとおりです。
対象作業の有無、教育実施の有無、教育記録の有無等をチェックしてください。

8 チェンソーを用いて行う立木伐木業務等
20の2~24の2 高気圧障害に関わる高圧室内作業等の高気圧業務
25 四アルキル鉛等業務
26 酸素欠乏危険場所における作業に係る業務
28 エックス線装置又はガンマ線照射装置を用いて行う透過写真の撮影業務
28の2~28の5 放射線管理区域等での放射線ばく露のおそれのある作業等
29 特定粉じん作業(粉じん則第2条1項3号)に係る業務
34~36 廃棄物焼却施設(ダイオキシン類特別措置法)に関連する業務
37 石綿等が使用されている建築物等の解体等の作業並びに石綿等の封じ込め、囲込みの作業

特別教育の実施
特別教育を行う方法は、企業内で行うほか、企業外で行う方法もあります。
労働者の労災防止のために行うものであり、事業者の責任において、実施されなければなりません。

特別教育の具体的な内容は、則第39条(特別教育の細目)や安全衛生特別教育規程を参照してください。→下記

特別教育の講師についての資格要件は、定められていませんが、教育科目について十分な知識と経験を有する人でなければなりません。

特別教育の科目については、則37条(下記)に、科目の省略規定があり、十分な知識や経験を有していると認められる労働者については、その科目について省略することもできます。

労働者が特別教育を受けている時間は労働時間となりますので、所定労働時間内に行うのが原則であり、法定労働時間外に行われた場合には割増賃金を支払うことが必要です。
また、企業外で行う場合の講習会費や旅費等も事業者負担です。

(特別教育の科目の省略)

則37条
事業者は、法第59条第3項の特別の教育(以下「特別教育」)の科目の全部又は一部について十分な知識及び技能を有していると認められる労働者については、当該科目についての特別教育を省略することができる。

S48.3.19付け基発第145号
特別教育の科目の省略が認められる者として、以下の者等がこれに該当する。
当該業務に関連し上級の資格(免許又は技能講習修了)を有する者他の事業場において当該業務に関しすでに特別教育を受けた者当該業務に関し職業訓練を受けた者

H9.3.21 基発第180号
特別教育に係る科目の省略範囲の明確化について
特別教育の科目について、他の特別教育の中で既に受講した科目がある者については、当該重複科目については省略して差し支えない。
他の法令に基づく各種資格の取得者で、特別教育の科目の全部又は一部について十分な知識及び技能を有していると認められるものに対しては、当該科目について特別教育を省略することができる。
例えば、鉱山保安規則第57条第1項第8号の「電気溶接の作業」に就くことができる者に対して、アーク溶接等の業務に係る特別教育を行おうとするときは、「アーク溶接等に関する知識」、「アーク溶接装置に関する基礎知識」及び「アーク溶接等の作業の方法に関する知識」並びに実技教育に係る科目を省略して差し支えない。

(特別教育の記録の保存)

則38条 事業者は、特別教育を行つたときは、当該特別教育の受講者、科目等の記録を作成して、これを3年間保存しておかなければならない。
雇入れ時等の教育と違って、特別教育の記録作成、保存は、法定の実施事項です。

(特別教育の細目)

則39条 前2条及び第592条の7(ダイオキシン関係)に定めるもののほか、特別教育の実施について必要な事項は、厚労大臣が定める。

則第39条の規定に基づき、「安全衛生特別教育規程」を次のように定め、S47.10.1から適用する。(直近の改正 R5.3.28 厚労省告示第104号)
厚労大臣が、それぞれの業務に必要となる学科科目、科目の範囲、教育時間、実技教育の方法、時間等を定めています。 詳細→略
この規程に定められていない業務は、業務ごとの特別教育規程が定められています。

例えば、石綿使用建築物等解体等業務特別教育規程では、特別教育の対象業務としては、

・石綿等が使用されている建築物、工作物又は船舶の解体等の作業

・損傷・劣化等により労働者が粉じんにばく露するおそれのある石綿等の封じ込め又は囲い込みの作業

特別教育の内容は、

石綿の有害性                  0.5時間
石綿等の使用状況                  1時間
石綿等の粉じんの発散を抑制するための措置    1時間
保護具の使用方法                  1時間
その他石綿等のばく露の防止に関し必要な事項   1時間
                                                            (合計4.5時間)

労働衛生教育は、労基署報告義務がないこと、事業者の裁量で省略できる部分もある等から、
法的義務を知らなかったり、知っていても教育を実施していない場合があります。
今回説明しました雇入れ時教育、作業変更時教育、特別教育は、いずれも罰則を付けて事業者に
守らせるという最も強制力の強い重要な法令です。
言い方を変えれば、守らなければ災害発生の可能性が大きい、だから罰則を付けてでも守らせよ
うとしているということです。

このことを肝に銘じて、今一度、これらの教育が確実に実施されているのか、形ばかりで済ま
されていないか、労働者は教育内容を理解し、職場で実践しているか等を見直してください。

新型コロナの感染症法上の位置づけが5月8日から、季節性インフルエンザ等と同じ「5類」
に移行し、感染対策は個人の判断に委ねられるようになりました。感染症の拡大防止をしながら、
職場の健康を守る取り組みを進めることが求められています。 教育に際しては、適切な感染予
防対策を講じましょう。

安衛則等が改正され、リスクアセスメント対象物を製造・取り扱う事業場では、来年4月から
化学物質管理者の選任が義務化されます。
製造事業場では専門的講習を修了した者から選任することとなっています。
次回はこれらも含め、後半の安全衛生教育を説明します。

記事一覧ページへ戻る