産業保健コラム

臼井 繁幸 相談員

    • 労働衛生工学
    • 第一種作業環境測定士 労働衛生コンサルタント
      ■専門内容:労働衛生工学
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健康影響モニタリング(健康診断)

2023年09月


化学物質の自律的な管理における健康診断についての現状を紹介します。
化学物質の健康影響モニタリングとしての健康診断は、どのような場合に実施が必要なのでしょうか? (健診実施の要否の判断)
また、実施が必要な場合の実施頻度、実施時期、検査項目は、どのように決めたらよいのでしょうか?
この健康診断の対象とならない労働者には、何もしなくてよいのでしょうか?

これらに対する答えは、安衛則の改正(2022.05.31公布)、施行通達(2023.04.24)、健康診断検討結果報告書(2023.07.26)、健康診断のガイドライン案(2023.08.23)に示されていますので、これらに沿って見ていきましょう。

健康診断の実施に当たっての前提
化学物質による健康障害防止には、工学的対策、管理的対策、保護具の使用等により、ばく露そのものをなくす又は低減する措置(ばく露防止対策)を講じることが基本です。
これらのばく露防止対策が適切に実施され、労働者の健康障害発生リスクが許容される範囲内と事業者が判断すれば、基本的には健康影響モニタリングとしての健康診断を実施する必要はありません。
なお、ばく露防止対策を十分に行わず、リスクアセスメント(以後RA)対象物健康診断で、労働者のばく露防止対策を補うという考え方は適切ではありません。

(RA対象物とは、安衛施行令18条の物と安衛法57条の2第1項の通知対象物)

RA対象物健康診断は、特殊健康診断のように、特定の業務に常時従事する労働者に対して一律に健康診断の実施を求めるものではありません。
事業者による自律的な化学物質管理の一環として、安衛則第577条の2に基づいて第4項又は第5項に該当する時に、実施が必要になります。
従って、第4項(RA結果に基づく健診)と第5項(濃度基準値を超えてばく露時の健診)の2種類の健康診断(下記)となります。

安衛則 577条の2

3. 事業者は、RA対象物を製造し、又は取り扱う業務に常時従事する労働者に対し、法第66条の規定による健康診断(雇入、定期、特殊等)の他、RA対象物のRA結果に基づき、関係労働者の意見を聴き、必要があると認めるときは、医師又は歯科医師(以後医師等)が必要と認める項目について、医師等による健康診断を行わなければならない。
→RA結果に基づく健診(第3項健診)

4. 事業者は、第2項の業務に従事する労働者が、同項の厚労大臣が定める濃度基準値を超えてRA対象物にばく露したおそれがあるときは、速やかに、労働者に対し、医師等が必要と認める項目について、医師等による健康診断を行わなければならない。
→濃度基準値を超えてばく露時の健診(第4項健診)

そして、上記の2種類の健康診断の結果に基づいて、必要な措置(下記の各項)を講じなければならない。

5. 健康診断個人票の作成・保存
6. 異常所見者の医師等の意見聴取
7. 医師等に異常所見者の業務情報提供
8. 医師等の意見を勘案し就業上の措置
9. 健康診断の結果通知

10. 事業者は、医師等の意見を勘案して講じた就業上の措置について、関係労働者の意見を聴くための機会を設けなければならない。
(施行通達)
関係労働者又はその代表が衛生委員会に参加している場合等は、衛生委員会における調査審議又は意見聴取と兼ねて行っても差し支えない。

11. 事業者は、次に掲げる事項(第3号は、がん原性物質を製造・取り扱う労働者)について、1年を超えない期間ごとに1回、定期に、記録を作成し、当該記録を3年間(がん原性物質は、30年間)保存するとともに、第1号及び第4号は、RA対象物を製造し、又は取り扱う業務に従事する労働者に周知させなければならない。

(施行通達)
がん原性物質を製造し、又は取り扱う労働者に関する記録については、晩発性の健康障害であるがんに対する対応を適切に行うため、当該労働者が離職した後であっても、当該記録を作成した時点から30年間保存する必要がある。

将来がん等の健康障害が生じた場合に、記録をもとに原因を調査するためのものであることから、業務に従事する頻度にかかわらず、保存の対象となります(Q&A)。

健康診断の具体的な実施方法、健診項目の設定等については、前記の健康診断検討結果報告書、これを基に作成した健康診断のガイドライン案が示されましたので、これらの内容を見ていきます。

【1】 健康診断の実施の流れ

1 RAの結果を確認

2-1 RAの結果に基づき、健康障害リスクを検討し、その程度に応じて、産業医等及び関係労働者の意見を聴き、事業者が健康診断の実施の要否を決定

2-2 濃度基準値を超えたばく露のおそれが認められた場合は、速やかに健康診断を実施

3 事業者が健康診断の対象者を選定

4 健康診断を実施すると決定した労働者について、事業者から医師等に健診項目及び実施頻度の検討依頼(必要な情報を提供)

5 医師等の検討結果を踏まえて、事業者が健診項目を決定

6 健康診断を実施

7 化学物質へのばく露による所見が認められた労働者について、事業者が就業上の措置について医師等の意見聴取(必要な情報を提供)

8 医師等の意見を踏まえて、事業者が必要な就業上の措置を実施

上記4~8の医師等は、産業医、健康診断機関の医師等、その他労働衛生の知識や事業場の状況をよく知る医師等であることが望ましい。

【2】 RA対象物健康診断の実施の要否の判断方法

健診の実施の要否は、ばく露による健康障害発生リスクを評価して判断します。
RAの結果に基づき、衛生委員会等で関係労働者の意見を聴いた上で、リスクの程度に応じて、事業者がその必要があると認める場合において実施します。
事業者の判断で要否を決めますが、事業者には衛生委員会での議事概要を労働者に周知する義務もありますので、事業者の一方的な判断だけで実施の要否が判断されることにはなりません(Q&A)。

1. 第3項健診の実施の要否の判断
以下の状況を勘案して、健康障害発生リスクを評価し、リスクが許容できる範囲を超えるか否かを検討します。

(1).有害性及びその程度

(2).ばく露の程度
呼吸用保護具未使用時は呼吸域の濃度、使用時は保護具の内側の濃度、取扱量・労働者のばく露履歴(作業期間、作業頻度、作業(ばく露)時間)

(3).作業の負荷の程度

(4).工学的措置(局所排気装置等)の実施状況(正常に稼働しているか等)

(5).呼吸用保護具の使用状況
要求防護係数による選択状況、定期的なフィットテストの実施状況

(6).取扱方法
皮膚等障害化学物質等(※)を取り扱う場合、不浸透性の保護具の使用状況、直接接触の有無や頻度

(※)皮膚若しくは眼に障害を与えるおそれ又は皮膚から吸収され、若しくは皮膚に侵入して、健康障害を生ずるおそれがあることが明らかな化学物質

○以下のいずれかに該当する場合は、健康障害発生リスクが高いことが想定されるため、健康診断を実施することが望ましい。

(1)濃度基準値がある物質で、8時間濃度基準値を超える短時間ばく露が1日に5回以上ある場合等、濃度基準告示第3号の努力義務を満たしていない場合。

(2)以下に掲げる場合を含めて、工学的措置や保護具でのばく露の制御が不十分と判断される場合

ア リスク低減措置としてばく露の程度を抑制するための工学的措置が必要とされている場合に、当該措置が適切に稼働していない場合。
(局所排気装置が正常に稼働していない等)

イ リスク低減措置として呼吸用保護具の使用が必要であるのに、呼吸用保護具を使用していない場合

ウ リスク低減措置として呼吸用保護具を使用している場合に、呼吸用保護具の使用方法が不適切で要求防護係数を満たしていないと考えられる場合

エ 不浸透性の保護手袋等の保護具を適切に使用せず、皮膚吸収性有害物質や皮膚刺激性有害物質に、直接触れる作業を行っている場合

(3)濃度基準値がない物質について、漏洩事故等により、大量ばく露した場合この場合、まずは医師等の診察を受けることが望ましい。

(4)リスク低減措置が適切に講じられているにも関わらず、体調不良者が出るなど何らかの健康障害が顕在化した場合

○濃度基準値がないRA対象物には、発がん性物質も含まれており、このような遅発性の健康障害のおそれがある物質については、過去のばく露履歴(ばく露の程度、ばく露期間、保護具の着用状況等)を考慮し、RA対象物健康診断の実施の要否について検討する必要がある。

○濃度基準値がないRA対象物には、職業性ばく露限界値等は設定されているが濃度基準値が検討中であるため濃度基準値が設定されていない物質も含まれている。
濃度基準値が設定されるまでの間は、職業性ばく露限界値等を参考にRAを実施することが推奨されている。
健康診断の実施の要否の判断においては、職業性ばく露限界値等を超えてばく露したおそれがあるか否かを判断基準とすることが望ましい。

○健康診断の実施の要否の判断に際して、産業医を選任している事業場は、産業医の意見を聴取すること。
産業医を選任していない小規模事業場においては、本社等で産業医を選任している場合は当該産業医、それ以外の場合は、健康診断実施機関、産業保健総合支援センター又は地域産業保健センターに必要に応じて相談することも考えられます。
その際、これらの者が事業場のRA対象物に関する状況を具体的に把握した上で助言できるよう、事業場において使用している化学物質の種類、作業内容、作業環境等の情報を提供すること。

○同一の作業場所で複数の事業者が化学物質を取り扱う作業を行っている場合で、作業環境管理等を実質的に他の事業者が行っている場合等においては、作業環境管理等に関する情報を事業者間で共有し、連携してRAを実施する等、健康診断実施の要否を判断するための必要な情報収集において、十分な連携を図ること。

2. 第4項健診の実施の要否の判断

濃度基準値を超えてばく露したかどうかを、環境濃度を常時測定して確認することまでは求めていません。次のような事態が該当します。
RA対象物が漏えいし、大量に吸引したとき等明らかに濃度の基準を超えるようなばく露があったと考えられるとき、
RAの結果に基づき講じたばく露防止措置に不備があり、濃度の基準を超えてばく露した可能性があるとき、定期的な濃度測定の結果、濃度の基準を超えていることが明らかになったとき等が含まれます(Q&A)。

以下のいずれかに該当する場合は、濃度基準値を超えてばく露したおそれがあることから、速やかに健康診断を実施する必要があります。

RAにおける実測、数理モデルによる呼吸域の濃度の推計又は定期的な濃度測定による呼吸域の濃度が、濃度基準値を超えていることから、労働者のばく露の程度を濃度基準値以下に抑制するために局所排気装置等の工学的措置の実施又は呼吸用保護具の使用等の対策を講じる必要があるにも関わらず、以下に該当する状況が生じた場合

(1)工学的措置が適切に実施されていないことが判明した場合
(局所排気装置が正常に稼働していない等)

(2)労働者が必要な呼吸用保護具を使用していないことが判明した場合

(3)労働者による呼吸用保護具の使用方法が不適切で要求防護係数が満たされていないと考えられる場合

(4)その他、工学的措置や呼吸用保護具でのばく露の制御が不十分な状況が生じていることが判明した場合

○漏洩事故等により、濃度基準値がある物質に大量ばく露した場合
この場合、まずは医師等の診察を受けることが望ましい。

【3】 対象者の選定方法等

1. 対象者の選定方法
RA対象物健康診断を実施する場合の対象者の選定は、個人ごとに健康障害発生リスクの評価を行い、個人ごとに健康診断の実施の要否を判断することが原則であるが、同様の作業を行っている労働者については、まとめて評価・判断することも可能である。
漏洩事故等によるばく露の場合は、ばく露した労働者のみを対象者としてよい。
第3項健診対象者には、業務に従事する時間や頻度が少なくても、反復される作業に従事している者も含まれます。

2. 労働者に対する事前説明
検査項目が法令で定められていませんので、健康診断を実施する際には、健康診断の対象者に、設定検査項目について、その理由説明が望まれます。
また、健康障害の早期発見のためにも、健診対象労働者は受診することが重要ですので、予めその旨説明をしておくことが望まれます。
ただし、事業者は、健診対象労働者が受診しないことを理由に、不利益な取扱いを行ってはなりません。

【4】 実施頻度及び実施時期

1. 第3項健診の実施頻度
第3項健診の実施頻度は、健康障害発生リスクの程度に応じて、産業医を選任している事業場では産業医、選任していない事業場で医師等の意見に基づき事業者が判断することが必要です。

具体的な実施頻度は、例えば以下のように設定することが考えられます。

(1) 急性毒性による健康障害発生リスクが許容範囲を超えると判断された場合
→6月以内ごとに1回

(2) がん原性物質又は国が行うGHS分類の結果、発がん性の区分が区分1に該当する化学物質にばく露し、健康障害発生リスクが許容範囲を超えると判断された場合
→1年以内ごとに1回

(3) 急性以外の健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合
→3年以内ごとに1回

ばく露低減対策により健康障害発生リスクが許容範囲を超えない状態に改善した場合には、必ずしも第3項健診を継続して実施する必要はありません。
ただし、急性以外の健康障害(遅発性健康障害を含む)が懸念される場合は、産業医を選任している事業場では産業医、選任していない事業場では医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に第3項健診を実施することを検討します。

2. 第4項健診の実施時期
第4項健診は、濃度基準値を超えてばく露したおそれが生じた時点で、事業者及び健康診断実施機関等の調整により合理的に実施可能な範囲で、速やかに実施する必要があります。
また、濃度基準値以下となるよう有効なリスク低減措置を講じた後においても、急性以外の健康障害が懸念される場合は、産業医を選任している事業場では産業医、選任していない事業場では医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に健康診断を実施することを検討します。

【5】 検査項目

1. 検査項目の設定に当たって参照すべき有害性情報
RA対象物健康診断を実施する医師等は、事業者からの依頼を受けて検査項目を設定するに当たっては、まず濃度基準値がある物質の場合には濃度基準値の根拠となった一次文献等における有害性情報を参照します。
それに加えて、濃度基準値がない物質も含めて SDS に記載された GHS 分類に基づく有害性区分及び有害性情報を参照します。

なお、GHS 分類に基づく有害性区分のうち、「生殖細胞変異原性」及び「誤えん有害性」については、その検査項目の設定が困難であることから、検査の対象から除外します。

2. 検査項目の設定方法
RA対象物健康診断を実施する医師等は、検査項目を設定するに当たっては、以下の点に留意してください。

(1)特殊健康診断の一次健康診断及び二次健康診断の考え方を参考としつつ、スクリーニング検査として実施する検査と、確定診断等を目的とした検査との目的の違いを認識し、RA対象物健康診断としてはスクリーニングとして必要と考えられる検査項目を実施すること。

(2)労働者にとって過度な侵襲となる検査項目や事業者にとって過度な経済的負担となる検査項目は、その検査の実施の有用性等に鑑み慎重に検討、判断する。

以上を踏まえ、具体的な検査項目の設定は、以下の考え方を参考にする。

(ア)第3項健診の検査項目
業務歴の調査、作業条件の簡易な調査等によるばく露の評価及び自他覚症状の有無の検査等を実施する。
必要と判断された場合には、標的とする健康影響に関すリスクリーニングに係る検査項目を設定する。

(イ)第4項健診の検査項目
8時間濃度基準値を超えてばく露した場合で、ただちに健康影響が発生している可能性が低いと考えられる場合は、業務歴の調査、作業条件の簡易な調査等によるばく露の評価及び自他覚症状の有無の検査等を実施する。

ばく露の程度を評価することを目的に生物学的ばく露モニタリング等が有効であると判断される場合は、その実施も推奨される。
また、長期にわたるばく露があるなど、健康影響の発生が懸念される場合は、急性影響以外の標的影響のスクリーニングに係る検査項目を設定する。

短時間濃度基準値(天井値を含む)を超えてばく露した場合は、主として急性の影響に関する検査項目を設定する。
ばく露の程度を評価することを目的に生物学的ばく露モニタリング等が有効であると判断される場合は、その実施も推奨される。

(ウ)歯科領域の検査項目
スクリーニングとしての歯科領域に係る検査項目は、歯科医師による問診及び歯牙・口腔内の視診とする。

【6】 配置前及び配置転換後の健康診断

RA対象物健康診断には、配置前の健康診断は含まれていないが、配置前の健康状態を把握しておくことが有意義であることから、一般健康診断で実施している自他覚症状の有無の検査等により健康状態を把握する方法が考えられる。
また、化学物質による遅発性の健康障害が懸念される場合には、配置転換後であっても、例えば一定期間経過後等、必要に応じて、医師等の判断に基づき定期的に健康診断を実施することが望ましい。

【7】 健康診断の対象とならない労働者に対する対応

RA対象物健康診断の対象とならない労働者としては、以下が挙げられる。

(1) RA対象物以外の化学物質を製造し、又は取り扱う業務に従事する労働者

(2) RA対象物に係るRAの結果、健康障害発生リスクが許容範囲を超えないと判断された労働者
これらの労働者については、安衛則第 44 条第1項に基づく定期健康診断で実施されている業務歴の調査や自他覚症状の有無の検査において、化学物質を取り扱う業務による所見等の有無について留意することが望ましい。

また、(2)の労働者について業務による健康影響が疑われた場合は、当該労働者については早期の医師等の診察の受診を促し、また、同様の作業を行っている労働者については、RAの再実施及びその結果に基づくRA対象物健康診断の実施を検討すること。

なお、これらの対応が適切に行われるよう、事業者は定期健康診断を実施する医師等に対し、関係労働者に関する化学物質の取扱い状況の情報を提供することが望ましい。
また、健康診断を実施する医師等が、同様の作業を行っている労働者ごとに自他覚症状を集団的に評価し、健康影響の集積発生や検査結果の変動等を把握することも、異常の早期発見の手段の一つと考えられる。

【8】 RA対象物健康診断の費用負担

RA対象物健康診断は、RA対象物を製造し、又は取り扱う業務による健康障害発生リスクがある労働者に対して実施するものであることから、その費用は事業者が負担しなければならない。

また、派遣労働者については、派遣先事業者にRA対象物健康診断の実施義務があることから、その費用は派遣先事業者が負担しなければならない。
なお、RA対象物健康診断の受診に要する時間の賃金については、労働時間として事業者が支払う必要があります。

今後必要になってくる化学物質の自律的な管理における健康診断についての現状を紹介しました。
まだ確定していない部分もありますが、化学物質の健康診断に対する考え方としてはご参考になるかと思います。

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